新型コロナウイルスの感染拡大によって、従来の社会を支えていた仕組みや価値観の限界が見えてきた。こうした状況に経営者はどう対応し、成長戦略を描くべきなのか。識者に聞く第1回は、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏の前編。出口氏は、この状況をチャンスと捉え、生産性向上と女性活用を推進すべきだと語る。

出口 治明(でぐち はるあき)氏 立命館アジア太平洋大学(APU) 学長
写真/陶山 勉
出口 治明(でぐち はるあき)氏
立命館アジア太平洋大学(APU) 学長
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。72年、京都大学法学部卒業後、日本生命保険に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画を設立し、代表取締役社長に就任。08年、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更して開業。12年上場。10年間社長、会長を務める。18年1月から現職

新型コロナ禍で、人々は不安を抱えつつ不自由な生活を強いられていて、仕事や消費が大きく制限された状況です。そんな中でも多くの企業がテレワークを導入するなど変化も表れています。これからの働き方はどう変化するとお考えですか。

 これからの働き方の基本は、テレワークになるという企業のトップもいます。テレワークで何が変わったかというと、第一に社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進展し、市民のITリテラシーが上がりました。同時に、その中で人々は3つ制約から解放されました。紙、時間、場所の3つの制約です。

 人間は、一度手に入れた便利さをなかなか手放しません。これを僕は「リモコン効果」と呼んでいます。かつて、テレビのリモコンが登場したとき、「ちょっと移動して手を伸ばせばチャンネルを変えられるのだから、こんなものは売れない」という意見が大勢でしたが、間もなくテレビにリモコンは欠かせないものになりました。このように人間は便利さを手放せなくなるというのが、リモコン効果です。

 同様に、アフターコロナにおいて、テレワークの便利さを体験した人たちが、以前の働き方に戻るとは考えられません。テレワークを働き方の基本にして、社長であってもほとんど出社しない、本社を住宅地の近くに移すといった方策を実行する企業が出てくるでしょう。

 さらに経営者にとって大事なことは、このコロナ禍を通じて、社会のDX化やITリテラシーを高めるとともに、日本の労働慣行の2つの大きな課題を解決する糸口を見いだしていくことです。ピンチはチャンスなのです。

2つの課題とは何でしょうか。

 労働生産性の向上と女性の活躍です。まず労働生産性ですが、OECD(経済協力開発機構)の資料(2018年)によると、就業者1人当たりの労働生産性では、日本は36カ国中21位、G7の中では1970年の統計開始以来、ずっと最下位です。

 労働生産性が低い原因は、長時間労働にあります。中でも問題となるのが、定時で仕事を切り上げることをよしとしなかったり、上司が帰るまでは部下が帰れなかったりする “ダラダラ残業”です。上司や同僚の目を気にしてダラダラ残業をするのですが、テレワークであればそれらは無くなります。また、ダラダラ残業の後に付き物の飲み会、いわゆる“飲みニケーション”も無くなるでしょう。同僚の愚痴や上司の説教を聞いているより、家族と夕食を食べる方が断然楽しいはずです。

 テレワークをきっかけとして、経営者がどう舵(かじ)を切るかでこれからの世界は大きく変わります。「やはり全社員がそろわないと……」などと言っているようでは、以前のダラダラ残業の時代に戻ってしまいます。「思い切った変革が可能なのは大企業だから」と考える中小企業経営者がいるかもしれません。しかし、実は大企業よりも、中小企業のほうが変革しやすいのです。経営者のリーダーシップが発揮されやすいからです。

女性起用が成長の鍵

 もう一つの課題である女性の活躍については、日本は世界に大きく取り残されています。世界経済フォーラムによる男女平等の度合いを表した「ジェンダー・ギャップ指数」の2019年ランキングで、日本は153カ国中121位。先進国ではもちろん最下位、中国や韓国などアジア各国よりも劣っています。

 従来の日本的型経営では、「飲み会に参加しない人間は、幹部には登用できない」などといった風潮がありました。会社のインナーサークルに入ることが、出世の条件だからです。こういった残業後の飲み会は女性にとっては大変なハンディとなります。日本には家事・育児・介護は女性の仕事という歪んだ性別役割分業の意識が強いので、残業はやりにくいし、まして上司に誘われても飲みに行くことは難しい。

 別の視点で見てみましょう。日本では以前から「ものづくり」が重視されてきました。しかし、今や製造業の割合はGDPの2割ギリギリとなり、サービス産業化が進んでいます。これからの社会経済をけん引していくには、IT企業のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)やBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)などのように新しいサービス産業を創出する以外に方法はないのです。

 サービス産業のユーザーを見ると、世界中のどの統計を見ても、女性が7割前後を占めます。今、欧州でクオータ制(ある団体や組織内に一定の割合で女性を起用すること)を導入して女性の地位を引き上げているのは、男女同権を目指すという理由もありますが、供給サイドに女性がいないと、新しいアイデアを生み出せないからです。

 だから、欧米の企業経営者は女性を積極的に登用して、需給のバランスを取っているのです。会社の幹部層で大きな割合を占める50〜60代の男性に、消費を担う女性のニーズが分かるとは思えません。だからこそ大胆に女性を起用する必要があるのです。

 日本で女性が活躍するためには、根本的には、家事・育児・介護を男女でシェアするという考え方を社会に根付かせることが必須です。テレワークをきっかけにぜひとも性差別根絶の方向に向かってほしいものです。