ちなみにAPU(立命館アジア太平洋大学)では、テレワークに加えて子連れ出勤を実施しています。APUは、大分県別府市で20年前に開校した若い大学です。職員の平均年齢は40歳で、多くが小さい子供を抱えています。そんな中で20年2月27日、政府から突然小中学校の休校要請がありました。大学にとって3月は卒業認判定入学判定があって一番忙しい時期です。こうした事態に、APUではまず子連れ出勤で対応しました。

 大きな会議室の真ん中にじゅうたんを敷いて子供を遊ばせるスペースとし、その周囲にデスクを配置。親が子供の様子を見ながら働ける環境を整えました。心配したほど子供は騒ぐことがなく、驚いたことに、下級生がぐずっていると上級生が面倒を見たり、外に連れ出したりするのです。子連れ出勤は、現在も継続しています。仕事に支障がないことが分かったので、これを制度化するつもりです。

 都市部でも子連れ出勤を取り入れている企業はありますが、APUのある大分県のようにマイカー通勤がメインで、かつ広いスペースを確保しやすい地方の方が子連れ出勤には有利です。そうした意味で、子連れ出勤を常態化することは若い世代の地方への移住促進、地方の活性化に有効な施策だとも思います。

テレワークの導入は、企業制度や人材採用、人事評価にも影響を与えるのでしょうか。

 テレワークをきっかけに、まず大企業や全国展開を進める中堅・中小企業では、転勤制度をなくすべきです。本社が東京や大阪にあっても、テレワークであればずっと地方で働いてもいいはずです。

 「転勤を拒否しない総合職を重用する」というゆがんだ労働慣行は無くすべきです。グローバルでは、転勤するのは希望者だけです。上司の命令によって部下を転勤させる制度があるのは、僕の知る限り先進国では日本だけです。

 なぜ転勤がゆがんでいるのか。企業が社員と地域の結びつきをほとんど考慮しないことです。上司の知らないところで、その社員は地域の少年サッカーチームの名コーチかもしれません。社員は地域の一員でもあることを、企業経営者は考えていないのです。今は「家に帰れば飯・風呂・寝るだけ」という時代ではありません。同時に、パートナーの人生もないがしろにしています。「専業主婦(夫)だから黙って転勤についてくるだろう。いやなら単身赴任させればいい」という考え方では、本人とパートナーの人間関係を壊してしまいます。

 首相官邸での会議で同席した県知事から聞いた話ですが、ある金融機関の東京本社から赴任した支店長が、県内の経済状況をすぐ的確に分析したそうです。知事は「さすがに東京で鍛えられた人は違う。県のアドバイザーになってもらおう」と思い、依頼に行こうとした矢先、その支店長が転勤の挨拶に来たそうです。知事は「せめて5年は転勤しないで、地域の発展に協力してほしい」と発言されましたが、大企業の支店長であれば、転勤して1〜2年したらまた転勤でしょう。

 この話をした大手銀行の人事担当者は「5年も地方にいた人は、出世の機会が奪われる」と話していました。これも、先ほどのインナーサークルにいる人が出世する企業文化の一部であり、ゆがんだ労働慣行なのです。

 「転勤先が札幌や福岡なら希望者は多いが、それほど大きくない地方都市では希望者はほとんどいない」という意見も聞きます。これも愚かな話です。地方都市の大きな問題は、仕事がないことです。転勤希望者がいなければ、現地で中途採用したらいいじゃないですか。地域住民であれば、東京からの転勤者に比べて地縁血縁があり、顧客を知っています。仕事ができるうえに、地域から喜ばれてその企業の評判も高まるでしょう。

出口 治明(でぐち はるあき)氏 立命館アジア太平洋大学(APU) 学長
写真/陶山 勉

部下の上司への評価は厳しくなる

 革新的なマネジメントを行わない限り、革新的な企業は生まれません。GAFAといわれる米国のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムや、海外のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場スタートアップ企業)を参考に、従来の経営を見直すべきです。

 テレワークによって、従来の評価基準も変わります。グーグルがその典型例で、社員の採用で問われるのは「今何をしているか」「過去にどんな仕事をしたか」「これから何をしたいか」の3つだけ。年齢、国籍、性別、容姿などは関係ありません。データを出す必要すらないのです。逆に、その分、人間と業績をきちんと見ているのです。

 もし、地方にずっといる社員が出世できない企業があったとしたら、その会社のトップは「部下の顔色を普段から近くで見ていないとその業績を判断できない」無能な上司であることを意味しています。今や全世界に拠点を置くグローバル企業は無数にあります。そこでは、各地の社員の業績を客観的に判断して幹部に登用しているのです。

 一般論ですが、またテレワークによって、部下のリーダーに対する評価は厳しくなっていくのではないでしょうか。コロナ禍によって、自治体首長のリーダーシップが地域住民からこれまで以上に厳しく評価されました。それと同様に、テレワークによってみんなが飲み会やインナーサークルの拘束から開放され、リーダーを客観的に評価できるようになっていくと考えられます。

文・構成/寺島 豊

(第2回に続く 2020年11月12日公開予定)

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