Z世代と投資家が企業を動かす

なぜパーパスは、これほど注目を集めるようになったのでしょうか。

 きっかけとなった2つのステートメント(声明)があります。世界最大手の資産運用会社、米ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)は毎年、世界の経営者に対して書簡を送るのですが、2018年に「パーパスの意識を持つ」(A Sense of Purpose)のタイトルで、経営者にパーパスの重要性を呼びかけました。もう1つは、米国の主要企業経営者をメンバーとするビジネス・ラウンドテーブルが19年8月に発表した「企業のパーパスに関する声明」(Statement on the Purpose of a Corporation)です。

 前者は企業が継続的に発展するには、財務が優れているだけでは十分ではなく、社会に対する貢献が必要と主張しています。後者は、企業は株主のために存在するというこれまでの「株主資本主義」の立場から、株主・顧客・従業員・サプライヤー・コミュニティーの5者からなる「ステークホルダー主義」に転換すべきだと指摘しています。ステークホルダー主義に転換しなければならない理由には、気候変動に代表される社会問題の複雑化があります。企業だけで社会問題を解決することは難しく、複数のステークホルダーと協力して解決すべき段階に来ているのです。

岩崎 博論(いわさき ひろのり)氏 武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授
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企業の側にもパーパスを積極的に取り入れる要因があるのでしょうか。

 企業の社会的な意義が競争優位をもたらすようになったことが挙げられます。長らく企業は、製品・サービスの性能や機能によって差異化してきました。次に、それらの製品やサービスがユーザーに提供する体験が差異化要因となりました。これからは、パーパスによる差異化が求められているのです。

 例えば、米レモネードというスタートアップの損保会社では、オンライン利用や割安な保険料という機能、スマートフォンで最適化された使いやすいインターフェースという体験に加え、使われなかった保険金の一部を非営利団体に寄付するというパーパスを打ち出すことで、若い層を中心として多くの支持を集めています。

 ユーザーにとっては保険金が支払われない方が望ましい状況です。ところが、その場合、保険会社だけが得をすることになります。そこでレモネードは、使われなかった保険金の一部をユーザーが選択した非営利団体に寄付する「ギブバック」という仕組みを導入しました。これにより、ユーザーは保険料を積み立てながら社会にとってよいことをしているという意義を感じられ、満足度が高まるのです。

若者を中心として企業のパーパスを評価する機運が高まっているのでしょうか。

 世界的に見て、1997~2012年ごろに生まれたZ世代は特にその傾向があります。彼らは幼い頃から気候変動についての情報に触れてきたこともあり、自分たちの将来に対して強い懸念を抱いています。この傾向は消費行動にも影響し、パーパス経営を実践する企業を支持することが多いのです。日本のZ世代は、他国と比べてボリュームとしては少ないのですが、スマートフォンやSNS(交流サイト)が若い世代から広がったように、新しい時代や文化は若者がけん引します。日本企業のパーパスについても若者の動向が今後大きく影響するはずです。

先にブラックロックの話が出ましたが、他の投資家の意識も変わってきているのでしょうか。

 パーパスに関連して、投資家の意識が、ショートターム(短期)からロングターム(長期)へ変化しています。これまで企業は、四半期決算の実績を上げることに注力していましたが、気候変動に代表される課題に取り組むには数十年単位の長期的な展望が不可欠です。そこで、投資家は、企業に対して長期的な視点で経営することを求め始めています。

ロングタームとはどれくらいの期間になるのでしょうか。

 ネーティブアメリカン(北米先住民)には、7世代後を念頭に置いて意思決定するという教えがあるそうです。環境適応型の日用品メーカー、米セブンス・ジェネレーションの社名はこの教えに由来します。1世代を30年とすれば7世代は210年ですね。そこまでいかなくても、例えば、環境課題の達成目標を2050年とするならば、今から1世代後です。

 経営者の多くは自分のいない世界に対してコミットはしてきませんでした。これからは、自分が直接関与しない世界とその世界を生きるステークホルダーまで想像して、企業を経営することが求められているのです。

 冒頭で「大きな船」では5者のステークホルダーを乗せることができると述べましたが、ロングタームで考えると、6番目のステークホルダーである「将来世代」も乗れる船である必要があります。