必要なのは「知の探索」と「腹落ち」

そうしたイノベーションを起こすためには何が必要なのでしょうか。

 よく誤解されるのですが、イノベーションはゼロから生み出すものではありません。イノベーションにつながる新しいアイデアは既存の知と知の組み合わせから生まれます。人間はどうしても目の前のものだけを見て考えてしまう傾向があります。そのような姿勢からは新しいアイデアを生み出せません。そこで重要なステップが「知の探索」(exploration)です。自分からなるべく遠く離れたところにある知を見にいくことが知の探索です。

 経営学でイノベーションを起こす仕組みにはもう1つの方向として知の深化(exploitation)があります。知の探索を縦軸とすると、知の深化は横軸で表せます。知の探索によって「ここはよさそうだ」と思ったら深掘りしていくのが知の深化です。知の探索は我々のような学者がいうのは簡単ですが、実践するのは簡単ではありません。慣れない分野を幅広く見回して知と知を組み合わせることの成果が見えにくく、失敗も多いからです。そのため、企業では知の探索を諦めて、知の深化に力を入れるようになります。目の前のことを深掘りする知の深化の方が取り組みやすいからです。しかし、それだと中長期的にはイノベーションが起きないので、企業はジリ貧になっていく。日本でイノベーションが起こりにくい理由は、知の深化に偏り過ぎていることにあると思っています。

イノベーションに必要な2つの要素

イノベーションに必要な2つ要素
イノベーションを起こすには「知の探索」と「知の深化」をバランスよく実行する必要がある
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企業が知の探索を続けるにはどうしたらいいのでしょうか。

 (知の探索のベースともなる)長期ビジョンの「腹落ち」が重要です。腹落ちとは納得とかセンスメーキング(意味付け)を意味します。つまり、従業員が企業の存在意義、将来の方向性、社会性に対して腹落ちしていれば、たとえ現状がうまくいかなくても、モチベーションを維持して知の探索に注力できます。

 海外やグローバル企業と比べて、明確な長期ビジョンを描いている日本の企業は少ないといわれます。が、これは経営者が真剣に取り組んでこなかったという単純な理由に尽きます。「幹部社員が合宿したらビジョンが出てくる」「コンサルティング会社に相談すればいい」といった簡単なことではありません。極端に言えば、長期ビジョンは経営者が毎日必死になって考えているべきものです。

 ベンチャー企業の場合、事業をゼロから築いた創業者が元気でやっていて、創業の理念やビジョンは全社に強く根付いています。そうした企業も成長し、歴史を重ねるうちに、従業員の中で創業者の思いが徐々に希薄になっていきます。その分、後継者が、強い気持ちで取り組まなければ、ビジョンの腹落ちは実現できません。例えば、ビジョンを描くための合宿をする場合、数日間連続を1回とし、それを何度か繰り返して、毎回、けんかになるほど真剣に議論をして、「これしかない」と心の底で分かり合うことが大切です。

 まとめると、ビジョンを考え出して共有するには、経営者と従業員が共に腹落ちすることが欠かせません。それにはまず、知の探索を続けて企業内の暗黙知を豊かにし、これを共有しなければなりません。しかし、暗黙知のままでは伝わらないので言葉にして形式知化するのです。これを繰り返す、すなわち、知の探索→暗黙知を豊かにする→形式知化する→腹落ちする→知の探索、というポジティブサイクルを回すことがビジョンを共有し、イノベーションを起こす源泉になります。

ビジョン共有のためのポジティブサイクル

ビジョン共有のためのポジティブサイクル
経営者と従業員がともに腹落ちし、ビジョンを共有することがイノベーションの起点になる
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