勝ちに乗じて深追いをせず、あえて引き上げる勇気を持て

 指示の最後で氏康は、「たとえ戦いの真っ最中であっても、ホラ貝の音をきいたら、ただちに退却すること」と兵たちに念を押した。こうして深夜、北条軍は敵に密かに近づき、一斉に攻めかかった。まさか弱兵が押し寄せてくるとは夢にも思わないから、上杉・足利連合軍は驚天動地の混乱ぶりを見せた。武器ももたず、寝床から裸のまま逃げ散る兵が続出。また、味方を敵だと思っての同士討ちも相次いだ。この一戦に北条の命運を賭けていた氏康は、自らも刀をかざして敵陣へ躍り込み、縦横無尽に駆け回って一人で十余人をなぎ倒したという。これを見て味方の兵たちも奮い立った。リーダーが先頭に立つことで、部下の士気はあがる。それを氏康はよく知っていたのだ。

 こうして上杉軍はたちまち壊走し、合戦は北条方の大勝利に終わった。それからまもなく、本陣に残っていた多米大膳亮が氏康の指示でホラ貝を吹いた。引き揚げの合図だ。北条方の兵たちは、さらに逃げる敵を追いかけたい強い衝動を抑え、厳命されていたとおり、仕方なく本陣へと撤収した。なお、この引き際は、的確な判断だった。というのは、いったん崩れ去った上杉軍だが、氏康の軍勢が寡兵だったことを知り、後方で部隊を立て直し、北条軍の襲来したところを迎撃しようと手ぐすねを引いていたからだ。もし氏康が追撃を許していたら、まちがいなく北条軍は逆襲をくらっていたはず。

「勝って兜の緒を締めよ」

 これは、北条氏康の父・氏綱が息子に残した家訓だった。この言葉をしっかり肝に銘じて行動したことが、最大の勝因だったといえるだろう。こうした見事なリーダーシップによって北条氏康は十倍の敵を破り、北条氏の領国支配を安泰にしたのである。

(三菱UFJビジネススクエア「SQUET」より2019年10月15日掲載記事を転載)

河合 敦 (かわい あつし)氏 歴史作家
河合 敦 (かわい あつし)氏
歴史作家
1965年、東京都町田市生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業、早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学(日本史専攻)。都立高校や私立高校などで長年教員をつとめ、現在は多摩大学客員教授、早稲田大学教育学部非常勤講師。「世界一受けたい授業」(日本テレビ系列)などテレビ出演も多数。主な著書に『逆転した日本史』(扶桑社新書)、『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)、『日本史は逆から学べ』(光文社)などがある。
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