税理士の岩松正記氏が三菱UFJビジネススクエア「SQUET」で連載しているコラム『取引したい会社、したくない会社』から、人気記事を転載する。今回は、経営者は従業員やその家族、取引先の生活をも支えており、責任がある。そうであれば、決して自分の「死」を見つめることから逃げることはできない、というお話。

自分の「死」に向き合える社長、向き合えない社長
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縁起の悪いことを考える

 私が証券会社の営業をしていた頃、いわゆる富裕層向けに、税金についての提案をしろと何度も上司に言われました。しかし、一介の証券マンが付け焼き刃で税金の話をすることに、私は非常に抵抗があり、あまり真剣にやらなかったので、よく怒られたものでした。その十数年後に自分がまさか税理士になるとは当時、思ってもみなかったのですが、その時に上司から「税金の勉強をしろ」と言われたのが、結果的に自分が税理士になるきっかけになったのですから、世の中不思議なものです。

 それはさておき、その当時、付け焼き刃の知識で営業先の社長に相続の話をした際に、「自分が死んだ時のことなど考えられない。縁起でもない」と文句を言われたことがありました。恐らく私の提案の仕方がまずかったのだろうし、そもそもその提案の目的は金融商品を売ることですから、見透かされていたのかもしれません。また、確かに普通は「死」などということは考えたくないものです。

上に立つものの責務

 しかしながら、少しでも将来、相続の懸念があるなら、否が応でも自分の死と向き合うべきです。会社の経営者や不動産オーナーに限らず、本来は誰でも、自分に万が一のことがあった時のことを考えておく必要があります。死に限らず、自分がいない時に組織が回るようにするのは、トップとして当然の役目。自分が死ぬことなど考えたくもありませんが、自分がいなくなった後の会社のことを思えば、考えて当然と言えましょう。

 会社の存続は、従業員やその家族のためだけでなく、取引先の生活を守ることにもつながります。ですから、これは言うまでもなく危機管理の範囲で、例えば自分の死亡保険で会社の借入金はすべて返済できるようにしておくことなどは、商売をやるものとして最低限の条件というか、責務と言っても過言ではありません。そのような措置を何もせず、様々な問題に手を付けずに先送りにばかりしていては、亡くなった本人はいいのですが、残された人々には本当に迷惑がかかります。