税理士の岩松正記氏が三菱UFJビジネススクエア「SQUET」で連載しているコラム『取引したい会社、したくない会社』から、人気記事を転載する。今回は、たたき上げの創業オーナーの事業承継について。たたき上げの創業者を理解することが、禅譲者の利益になる、というお話。

たたき上げがトップの会社、禅譲を受けたトップの会社
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「たたき上げ」はいい印象

 7年8カ月にもわたる安倍政権が突然、終わりを告げました。後任を巡っていろいろあったものの、結局は菅義偉官房長官が安倍首相の後を継ぐこととなりました。菅氏は「安倍政権の方針を引き継ぐ」とおっしゃっていますが、どうなるかは今後に任せるとして、このようなトップの変更があった場合には、それまでの方針を引き継ぐのか、それとも大胆に改革していくのかが、常に注目されることの一つです。

 菅氏で話題になったのが、彼がたたき上げの人物であるという点です。秋田から上京してアルバイトをしながら学費を稼いで大学に通い、議員秘書を経て市会議員から国会議員となり、実績を積み重ねて最終的に総理の座を手にしたという万人にわかりやすいプロフィールから、菅氏には「たたき上げ」「苦労人」といったイメージが強く、「庶民の気持ちがわかる」という評価が多いとのこと。実際、私の知人の国会議員によれば、菅氏は真面目を絵に描いたような人物だそうですから、仕事に対して真摯に臨むタイプのようです。

たたき上げは努力の成果

 政治家に限らず、ビジネスの世界でも、たたき上げというのは高評価につながります。創業者の中には、カネも学歴もないところから事業を起こして一大企業をつくり上げた、という方がごまんといます。私が過去に、また、現在、関与している社長さんたちも、多くがたたき上げの人物です。彼らに共通する性質は何かと考えてみると、一言で言えば「努力の塊」。自分に厳しく、そして他人にも厳しいということが挙げられるのではないかと思います。

 一代で名を上げ、財を成した人は、皆が傑人です。自分に対する厳しさは言うまでもなく、ちょっと間違えると「自分にできたのだから他人にもできるはず」と努力を強要しがちです。それが厳しさの源であり、それだけ厳しい人間でなければ成功などしないと言っても過言ではないと思います。

 日本の歴史上、たたき上げの最たる人物と言えば、間違いなく豊臣秀吉でしょう。そのサクセスストーリーについては改めて紹介するまでもありませんが、その生きざまを自分になぞらえる創業オーナーは少なくないと思います。そこで改めて考えたいのは、果たして、秀吉はたたき上げだったが、庶民的だったのか、ということです。一般的には、比叡山延暦寺の焼き討ちなどから織田信長の方が残虐なイメージが強いのですが、実際は、秀吉もかなり残虐です。城攻めの際に彼が得意とした兵糧攻めという手法は、抵抗する敵をじわじわと飢え死にさせる非常に残酷な戦い方でした。さらには後継者だった豊臣秀次の一族を殺し尽くし、聚楽第落書き事件では60人以上を処刑しています。この残虐性というのは、一体どこから出ているものなのか。ビジネス的に言えば、目的達成に対する厳格さ。悪く言えば、目的のためには手段を選ばぬということ。よく言えば、やや飛躍しますが、成果に対する執着心ではないかと思います。たたき上げの人物が偏執的と言えるほどの意気込みで事業に挑んだ。その結果が、現在の地位をつくり上げる。そう言っても過言ではないはずです。