広範かつ強固な海外ネットワークを持つMUFG。本コラムでは、世界各地の拠点責任者・駐在員が、現地の生情報をリポートする。今回は、中国・深セン。深センがたどってきたこれまでの発展の経緯と、新型コロナウイルスへの対応や経済活動を含めた最新動向を紹介する。現地でのビジネス拡大、あるいは新規市場進出を狙う経営層・マネジメント層にとって、有益なヒントになれば幸いだ。(DeCom編集部)

スピード感と失敗許容の精神が強み、中国・深セン最前線
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「深セン」と言えば、何を思い浮かべますか?

 「深セン」と言えば、イノベーション、スタートアップ企業というキーワードを思い浮かべる方が多いかと思います。では実際、どの程度、イノベーションが進んでいるのでしょうか。以下の写真は、ほんの一例です。

深セン市内で稼働する「無人パトロールカー」(左)とコンビニにおける「非接触レジ」(右)
深セン市内で稼働する「無人パトロールカー」(左)とコンビニにおける「非接触レジ」(右)

 また、「深セン発の企業」と言えば、どんな会社を思い浮かべられるでしょうか。実は深センには、「微信(ウィーチャット)」(中国版LINE)でおなじみの騰訊控股(テンセント)や、ドローンで一躍有名となったDJI、電気自動車の比亜迪(BYD)、スマートフォンの華為技術(ファーウェイ)、金融グループの平安保険など、そうそうたる企業が本社を構えています。

 ではなぜ深センは、こうしたイノベーション企業を相次いで生み出すことができたのでしょうか。

 1978年からの改革開放当時の深センは、人口およそ30万人。そこで香港の対岸という立地が資本主義を取り込むのにふさわしいとの判断があって、その後の発展につながりました。内陸部の農村から来た多くの出稼ぎ労働者が、外資系工場の現場を支えてパソコンやスマートフォンなどを組み立て、輸出して外貨を稼ぐというビジネスモデルを実現。こうして深センは、中国の経済成長モデルの起点となったわけです。

 まさにカネを稼ぎ出すための激烈な環境の中、1日でも決断が遅れれば他社が類似品を作り競争に負けてしまうという状況下での「深センスピード」と、「世界の工場」として電子部品や素材などさまざまな工場を集積できたことが深センの強みとなりました。これによって部品の調達や試作品の製作などが容易となり、結果、充実したサプライチェーンも構築されました。こうしたことの組み合わせで、スタートアップの聖地とも呼ばれています。深センのスピード感と、失敗を許容する精神から学ぶべき点は多いのです。