「入札開始から5分足らずでただの傍観者になりましたよ」。ある大手新電力幹部は苦笑いする。舞台は日本郵便が実施した電力調達に関する入札。大手電力会社が競合を圧倒したという。

 2016年4月の電力小売りの全面自由化を経て、家庭や小規模事業所などの低圧部門(50kW未満)が自由化された。これまで大手電力各社が地域独占の下、電力を供給してきた顧客に、新電力も供給できるようになった。

 全面自由化を契機に、家庭向けのマーケティング合戦が繰り広げられたのは周知の事実。ただし、家庭向けで大幅に顧客数を伸ばしている事業者は限られる。大手ガス会社や通信事業者、生協など、多数の消費者を顧客基盤に抱えている事業者が中心だ。大半の新電力が主戦場と捉えるのは、全面自由化前と同じく、オフィスビルなどの高圧部門。低圧でも、メーンターゲットを家庭ではなく法人拠点にしている新電力は少なくない。

 実際、大手電力会社から新電力への離脱は着実に進んでいる。そして今、大手電力の凄まじい巻き返し策に新電力が音を上げ始めている。特に、東京電力グループの小売部門である東京電力エナジーパートナー(東電EP)と関西電力が法人顧客に提示している価格は、目を疑うほどの安値だ。

 料金メニューが公開されている家庭向けと違い、低圧部門でも法人向けは相対交渉の世界。営業現場で起きている価格競争の実態が語られることは、ほとんどない。だが、その一端は入札案件などから垣間見ることができる。

少し以前の事例になるが、冒頭の日本郵便のケースをご紹介しよう。

新電力は入札開始早々“傍観者”に

 1月17日午前10時30分。日本郵便・南関東支社エリア内の郵便局などで使用する電気の入札が始まった。1件の規模が小さい郵便局は低圧に属し、電気料金はこれまで規制料金が適用されてきた。この入札で自由料金に切り替えとなる。入札には、日本郵便が用意した入札システムが用いられた。

 入札対象は、「電灯」で680万6234kWh、「動力」で158万8773kWh。郵便局も束になればこれだけの規模になる。家庭の平均電力使用量が月間300kWh程度であることを考えると、その大きさが分かる。供給期間は2017年3月からの1年間だ。

 入札はリバースオークション方式で行われた。いわゆる競り下げ式の競争入札で、1社当たり4回の入札が認められた。東電EPや関電などの大手電力会社のほか、新電力も複数社が入札に参加した。合計で10社程度だったとみられる。

 冒頭の新電力幹部は、「必死で社内調整を重ね、これまで郵便局が支払ってきた規制料金の3%引きの札を用意していた」。だが、入札は想像を遥かに超える値引き合戦となった。開始から5分ほどで、3%値引きのラインを突破。この新電力には「札を入れるタイミングすらなかった」という。

 傍観者となったのは、1社だけではない。複数の新電力が、「入札に参加することすらかなわず、入札の行方をシステムの画面で、ただ眺めていた」と明かす。新電力が早々に脱落すると、その後は「東電EPと関電の一騎打ちとなった。南関東支社エリアでは東電EPが、地場を守るため踏みとどまった」(関係者)。

 日本郵便が実施した入札は、南関東支社だけではない。1月24日には近畿支社エリア内の郵便局が対象となった。こちらは南関東支社よりも調達規模が大きく、電灯で3533万9998kWh、動力で748万5474kWhに上った。

 南関東支社とは異なり、入札回数の上限がなかったため、さらなる値下げを合戦となった。ただ、近畿支社は関電のお膝元。「東電グループと関電のデッドヒートの末、関電が牙城を守った」(関係者)。

 最終的な落札金額は驚くべき金額となった。「これまでの電気料金は総額約13億5000万円。それが、わずか30分ほどの入札で約9億5000万円にまで下がった。3割もの値引きだ」(関係者)。

 自由化を経て、低圧部門でも激しい競争が起きている。大手電力各社が、初めて本格的な営業攻勢に転じている。まさに自由化による変化といえるだろう。しかし、安値競争が起きれば良いという単純な話なのだろうか。

「料金審査の難しさ」と「自由化の意義」

 自由化以前の低圧部門は、すべての需要家がエリアごとに一律に決められた規制料金を支払ってきた。規制料金は、大手電力会社が電力供給にまつわるコストを総括原価方式によって積み上げ、そこにあらかじめ決められた事業報酬率を加えて算定。監督官庁である資源エネルギー庁の料金審査を経て認可される。

 これまで料金審査は度々、紛糾してきた。特に、東電が福島第1原子力発電所事故を起こしてからは、料金に織り込んだコストが適正かどうか、専門家を交えて細かくチェックしてきた。また、原発の停止によるコスト増を吸収するため、電気料金の値上げを認めるかどうかを審査する際にも、喧々諤々のやり取りが大手電力とエネ庁の間で交わされてきた。料金審査の難しさは認識しつつも、規制料金は一定、適正だとされてきた。

 ところが、2016年4月に自由化を迎えるや否や、大手電力各社は割引メニューを発表。大口顧客に対しては、大幅な値引きを提示するようになった。今回の日本郵便の入札に至っては、一部の大口顧客向けの割引とはいえ、3割も電気料金が安くなった。「これまでの料金水準から1割も値引いたら事業は立ち行かない」というのが新電力の共通認識であるにもかかわらずだ。

 ここで2つの仮説が浮かぶ。仮説1は、料金審査で適切な料金を算定するのは難しく、大手電力には値引き余力があった。そして仮説2は、料金審査はきちんと行われていたが、それでも競争が値引きを引き出したというものだ。

 仮説1は、料金審査によって規制料金を適切な水準に定める方法には限界があり、自由化によって競争を導入する意義が非常に大きいことを示している。電力システム改革の最大の目的である「電気料金の低廉化」を引き出すのに、自由化が大きな役割を果たしたことの証左といえるだろう。

 仮説2は、大手電力が新たな値引き原資を投下したことを意味する。自由化を迎え、大手電力各社のコスト削減努力は目覚ましいものがある。特に、東京電力グループでは、数千億円単位のコスト削減が実施されている。これは多くの需要家にとって、喜ばしい変化だろう。

 ただ、こんな声も聞こえてくる。「大きな値引きを受けているのは一部の大口顧客だけ。それも、新電力への離脱を検討している企業だけだ。日本の電源(発電所)の大半を保有する独占企業である大手電力のふるまいとして、正しいのだろうか」。さらに、「家庭や小規模な企業など、大きな値引きを受けることができない需要家が、大手電力の値引き原資を負担するのか」と疑問を呈する需要家もいる。

 全面自由化以前は、公正取引委員会が定める「適正な電力取引についての指針」によって、独占企業である大手電力が新電力と競合した場合に著しく低い料金を提示したり、一部の需要家に限って低い料金を提示してはならないと記されていた。ある大手電力幹部は、「全面自由化後の指針の取扱については、不透明な状況が続いており、大手電力の値引き攻勢を止める方策にはならない」とうなだれる。

東電の値引き攻勢と福島への国民負担、そのバランスは

 大手電力の値引き競争といった時に、東電EPには別の指摘もある。それは、「原子力発電所事故に伴う廃炉・賠償費用の国民負担論」である。

 東電グループは、発電事業や送配電事業、小売事業といった「経済事業」での収益を福島に還元することが決まっている。ただ、原発事故の対策コストは当初想定を大きく上回った。そこで経済産業省は2016年秋から「東京電力改革・1F問題委員会(東電委員会)」を開催。膨れ上がる福島への廃炉・賠償費用を東電が負担するための経営のあり方について、専門家が議論を重ねてきた。

 そして、並行して開催された「電力システム改革貫徹のための政策小委員会(貫徹委員会)」で、不足する賠償費用を国民が広く負担する方針を固めたばかりだ(「賠償費用の過去分」を国民負担として託送料金から回収することになった。)

 原発事故による賠償を国民も負担する。福島の支援に反対する国民は少ないはず。ただし、それは当事者である東電が自らの責任を全うしているのが大前提だ。

 東電グループがコスト削減努力をし、経済事業で積極的なビジネス展開をして、収益をアップさせて福島に還元する。それでも、不足が出るなら国民が負担する、というストーリーである。

 このストーリーと東電EPによる大口需要家への大幅値下げに整合性があるのかを、疑問視する声は大きい。

 新電力大手イーレックスの本名均社長は、2016年12月に経済産業省で開催された貫徹委員会で、東電グループの経営の透明化を求めた。「福島への賠償費用を国民負担とするのだから、東電グループの事業会社ごとの事業計画や収支を電力・ガス取引監視等委員会がきちんと見ていくべきではないか」。というのが、その内容だ。

 そもそも大手電力会社は歴史的に、発電・送配電・小売り部門が、各部門の実力値として、どれだけ利益を出しているのか明らかにしてこなかった。そこには「三分法」というカルチャーがある。

 ある大手電力幹部は、「利益は三分法がこれまでの習わし。事業モデルの特性を考えれば、発電の利益率は高く、小売りは低いが、そうはしない。全体の利益を、発電・送配電・小売りで3分割するという意味」と明かす。東電グループは分社化したものの、「いまなお三分法を取っている。つまり、東電EPは小売事業による利益以上の値引き原資を持っている」(同)。

 東電グループのコスト構造は、さらに見えにくい部分がある。別の大手電力幹部は、「現在の東電のコスト構造は同業者の我々から見てもブラックボックスだ」と言う。この幹部はこう続けた。

 「原発事故の対応費用の不足は、交付国債で賄っている。普通の会社なら資金調達への影響を恐れ、業績悪化を避けたいと考えるが、カネが足りなければ国債で賄えるという特殊な状況にある。しかも業績が悪化すれば特別負担金(東電が福島に還元するお金)が減額される。加えて、停止したままの原子力の固定費をどの部門が負担しているのかなども見えない」

 東電グループが福島への責任を果たしていく過程で、国民負担の議論はついて回るだろう。国民負担の前提には、経営の透明化があり、東電グループには説明責任がある。本来、福島に還元されるべき収益が、例えば、一部の大口需要家向けの値引き原資に回されているというのでは、説明がつかない。

 東電グループの経営が透明化され、公正に競争をしたうえで、福島へ利益が還元されるのであれば、国民負担への納得感も、おのずと高まっていくはずだ。

 日本の電力市場の問題点を突き詰めていくと、電源の独占に行き着く。大手電力が電源の大半を保有し、電力市場が未成熟であるがゆえに、新電力の電源へのアクセスが非常に限定的な状況がつづいいている。この構造こそ、電力システム改革の最大の課題だろう。後編でお届けする高圧部門での営業合戦は、まさに電源問題と表裏一体だ。

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