水力発電所で発電した電気100%――。東京電力エナジーパートナー(EP)が、日本初の電力サービスを始めた。家庭向けの「アクアエナジー100」と法人向けの「アクアプレミアム」である。家庭向けには6月1日に、法人向けには3月から受け付けを開始した。

 水力発電100%のサービスは国内で初めて。そもそも発電所の種類を限定したメニューの登場自体、実はこれが日本で初めてになる。

水力発電100%メニューに使う群馬県片品村の丸沼ダム
売り上げの一部は水力発電の設備改良や水源涵養林の育成、立地地域のPRなどに活用する

 電気ほど差別化しにくい商品はないと、常々言われてきた。色も匂いも形もない。大手電力会社が保有する電力網(系統)を介して、どこの家庭にもまったく同じ電気が届くためだ。

 電力系統は巨大なバケツのようなものだ。原子力発電所に火力発電所、水力発電所も太陽光発電所も、すべてがこのバケツにつながっており、発電した電気はバケツに流れ込み、バケツの中で混ざり合う。各家庭やオフィス、工場といった、電気を利用する設備もまた、このバケツにつながっている。ひとたび、巨大な系統とつながれば、電気が流れ込んでくる。つまり、系統を通じて供給される電気は、様々な発電所で発電した電気が混ざりあった均質なものだ。

 系統を介して電気を購入する限り、電気の質は全国一律、同じである。では、東電EPはどうやって「水力100%」の電気を提供するのか。

物理的には同じ電気、制度を使って電気を色分け

 実は、物理的には「水力100%の電気」だろうが、普通の電気だろうが、何も変わらない。メニューを変更しても、系統を介して購入する電気の質に変わりはない。バケツの水と同じ理屈で、どこの発電所で発電した電気かを分けるのは不可能だからだ。

 東電EPの新メニューは、「水力発電所で発電した電気だけ」という理屈を「排出係数」と呼ぶ指標を使って裏付けている。

 電気事業者は「地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)」という法律に基づいて、排出係数を地方自治体に報告する義務を負っている。排出係数とは、電気事業者ごとに1kWhの電気を発電する際に発生したCO2(二酸化炭素)を計算したものだ。

 例えば、大手電力会社は供給する電力のほぼすべてを自社の発電所で発電している。原子力発電所や火力発電所、水力など、保有するすべての発電所で発電した電気の量と排出したCO2量から計算する。新電力の場合は、自前の発電所で発電するところもあれば、他社や市場から調達することもある。調達元が公表する排出係数も計算に取り込み、自社で供給した電気の排出係数を公表する。

 これまで温対法は、「1事業者につき1排出係数」と定めていた。事業者ごとに、調達したすべての電気に対する排出係数を計算して公表する。このため、「全電源平均」という表現を使う(なお、原子力や水力などCO2排出量ゼロの発電所を除き、火力発電だけのCO2排出量から排出係数を算定する場合もあり、これを「火力平均」と呼ぶ)。この排出係数の縛りによって、発電所種別の電力メニューは制度上、提供できなかった。

 だが、電力小売りの全面自由化を経て、「再生可能エネルギーだけの電気がほしい」といったニーズが出てくることは、監督官庁である経済産業省も認識していた。そこで、自由化に先立つ2015年夏頃から、1社で複数の排出係数を持てるように制度改正することが検討されてきた。制度検討には時間を要し、複数回の意見募集などを経て、2016年12月にようやく変更を知らせる通達を経産省が出した。

 こうして東電EPは水力100%の電力メニューを提供できるようになったのだ。

きっかけは分社化、安価な水力電気に付加価値

 東電EPの出口尚平・E&G事業部マーケット開発グループマネージャーは、「サービス開発のきっかけは分社化だった」と明かす。

 東電グループは2020年頃の発送電分離に先立ち、2016年4月に持ち株会社制に移行し、燃料調達・発電、送配電、小売りの3事業をそれぞれ事業子会社として分社した。このとき、水力発電は持ち株会社である東電ホールディングスの社内カンパニーであるリニューアブルパワー・カンパニーが受け持つことになった。

 「リニューアブルパワー・カンパニーの成長戦略を考えるうえで、保有する発電所の価値を高める方策を考えた」と出口マネージャーは言う。

 東電EPが新メニューで使うのは、東電グループが保有する一般水力発電だ。一般水力は、発電にかかる原価(発電コスト)が原子力に次いで安い。一方で、CO2排出量がゼロの再エネによる電気を使いたいというニーズはあるはず。ならば、温対法の変更を活用し、一般水力発電による電気だけを分けて販売することで、「CO2 排出ゼロ、再エネ100%の電気」として付加価値をつけようと考えたわけだ。

 温対法の変更によって、帳簿上、水力100%の電気は「排出係数ゼロ」として販売できるようになった。加えて、水力発電による発電量が、必ず販売電力量を上回るようにする仕組みも導入している。

 小売電気事業者は30分ごとの需要量と供給量を一致させる「同時同量」の義務を負っている。この考え方を使って、水力発電で発電する電気の量が30分単位で、必ず水力100%メニューの販売量を常に上回っていることを確認することで、「水力100%」を保証する。「この仕組みなら水力100%の電気とうたえると、監視委員会からもお墨付きを得ている」(出口マネージャー)。

 水力発電は冬場の渇水期に発電量が低下する。このため、実際の発電量の8分の1から10分の1程度しか、水力100%メニューとしては販売できないという。

電気料金は2割増し、安いか高いか

 電気料金は、ざくっと2割ほど割高になる。

 家庭向けの「アクアエナジー100」は、通常メニューの「スターンダードS」と電力量料金(従量料金)は同額だが、基本料金がほぼ倍額。30A契約で1カ月の使用電力量が300kWh程度の平均的な家庭の場合で、月額電気料金が約2割増しになる。東電EP商品開発室の尾崎晋作氏は、「消費者調査の結果から2割増しまでが許容範囲と考えた」と値付けの根拠を説明する。

 ただし、アクアエナジー100の料金は単価だけでは評価できない。日本で初めて、「燃料費調整額」を適用しないプランだからだ。

 電気料金には原油価格の変動が燃料費調整額として織り込まれている。原油価格が上昇すれば、自動的に電気料金は上昇する。「最近の原油価格の低迷によって、燃料費調整額は基準からマイナスの水準。今は料金面のメリットを感じられないかもしれないが、油価が上がれば、その分お得になる」(尾崎氏)。

 一方、法人向けの「アクアプレミアム」の場合は、もう少し複雑だ。水力発電の発電量は時間帯によらず、ほぼ一定であることから、電力需要のベース部分だけをアクアプレミアムで提供する。ピーク部分は東電EPの通常メニューを適用する。

ベース部分だけ水力発電による電力を供給
法人向けメニュー「アクアプレミアム」の仕組み

 法人向けは相対契約のため、標準的な料金単価などは公表していない。「電力量料金で1kWh当たり4~5円上乗せするイメージ」(出口マネージャー)という。

 この値付けに対して、「法人顧客からは『良い線を突いている』というお言葉をいただいた」と出口マネージャーは明かす。

 大手企業は環境報告書などを通じて、自社で購入した電力の排出係数を公表している。環境経営を標榜する企業にとって、排出量取引などの規制がなかったとしても、排出係数が増えることは避けたいものだ。特に、環境配慮型企業というイメージを消費者に訴求している企業にとっては、少々コストがかかったとしても、排出係数を下げ、説明しやすい対策を取ることが欠かせない。

 法対応のためだけに単純に排出係数を下げたいと考える企業にとっては、「箸にも棒にもかからない、ありえない価格」に映るようだ。もっと安価に排出係数を下げる手法は存在する。だが、「水力100%の電気を買っています」という説明は、消費者にアピールしやすい。一般に理解されやすい対策ほど高いコストを払う傾向がある。ブランディングやマーケティングに使えるからだ。こうした観点から、アクアプレミアムは「良い線」なのだろう。

 ちなみに、アクアプレミアムを採用している企業は現在、5社ほど。三菱地所の新丸の内ビルディングにソニーの本社ビルとソニーシティ大崎、キリンビール取手工場およびキリンビバレッジ湘南工場などが採用企業に名を連ねる。環境配慮型企業としてのイメージが強い、“いかにも”という企業が並ぶ。

他社は追随しない?「公平性」というハードル

 発電所種別に付加価値を付けた電力メニューの登場は、まさに電力自由化の下で初めてなし得る技と言えるだろう。現在の供給地域は東電エリアだけだが、今後は子会社のテプコカスタマーサービスを通じて、全国に広げることを検討しているという。だが、他社の追随は簡単ではなさそうだ。

 まず、一般水力発電を保有しているのは大手電力会社や地方自治体が中心。水力による電気を調達したいという新電力は数多くあるが、なかなか調達できない実態がある。つまり、新電力には提供したくてもできないメニューなのだ。

 しかも、他の大手電力は東電EPの動きを遠巻きに見ている状況だ。ある大手電力幹部は、「公平性の観点から、水力100%電気の提供は考えられない」と言う。

 大手電力には独特な公平意識が浸透している。大手電力会社の社員から「安定供給」の次いで良く聞かれる言葉が「公平性」だ。公益性の高い電気事業を提供するに当たり、需要家(利用者)には等しく公平であるべきという意識である。

 水力発電は発電コストが安い。一部の需要家に水力発電による電気を割り当て、環境価値という付加価値を付けて高く売ることができれば、収益性は高まる。だが、他の需要家にとっては、供給される電力のうち、原価が安い水力発電が減った分、発電コストが上昇することになる。需要家に対して等しく公平でありたいという企業マインドとは相反する部分があるようだ。

 実際、東電グループでも、今回のサービス開発に際しては色々な議論があり、反対した社員も実際にいた。だが、当時東電EPの社長だった小早川智明氏(現東電ホールディングス社長)は、「良いメニューだから是非やろう」とサービス化を即決したという。

 長らくメニューも料金も横並びだった大手電力会社。だが、台風の目となった東電グループから、横並びは徐々に崩れ始めていると実感できる新メニューだ。