ここ数年のテクノロジーの急激な進化によって、AI(人工知能)は「導入しなければ次世代の競争に勝てない」と経営者を焦らせる存在になった。様々な業界でAI導入に向けた検討が進むが、電力業界も例外ではない。

 電力ビジネスにおけるAIの活用先には、発電所の運転効率化や送配電網の劣化診断など、複数のアイデアが既に浮上している。中でも真っ先に実用化が進みそうなのが、スマートメーターの「Aルート」から得られる使用電力量データと気象情報をAIで解析する省エネ診断サービスだ。

 口火を切ったのは、新電力トップのエネット(東京都港区)。オーストラリアのAIベンチャー、COゼロホールディングス(COzero Holdings)と組み、法人向けに省エネサービス「Ennet Eye」を7月3日に開始した。大手電力や新電力各社が実証や水面下での検討をしている中、いち早く商用化に踏み切った。エネットが対象とするのは、オフィスや店舗など高圧部門の建物だ。

 スマートメーターは30分ごとに使用電力量を計測する。計測したデータはA、B、Cの3つのルートで小売電気事業者への受け渡しが可能だ。エネットが活用するAルートとは、スマートメーターが自動で一般送配電事業者のサーバーに向けて送信したデータを、一般送配電事業者から受け取るルートを指す。

 新電力はこのデータを使って顧客に電気料金を精算しているため、データ入手の仕組みを新たに構築する必要はない。Aルートデータの利用は、顧客にとっても新たにセンサーやデマンド監視装置などの追加設備が一切不要という特徴がある。

見える化に加えて、電気料金抑制に向けた対策も通知
エネットの自動省エネ診断サービス「Ennet Eye」

 「Aビルにて早朝4時に設備が起動されています。通常の設備起動時間よりも早いようです。業務時間前の照明の利用抑制や空調の起動時間を8時前後に設置できないか、確認をお願いします」

 AIエンジンが過去データや気象データとの相関関係から、異常や改善点を見つけると、翌日にはサービス利用企業の担当者の元に、こうしたメールが入る。夜間の照明の消し忘れや、設備の運転時間の長時間化などを自動で抽出し、対象の建物名や時間、電気料金への影響や対策を顧客に知らせる。

 もちろん、使用電力量の推移や複数拠点の一覧はスマートフォンやタブレット、パソコンなどでいつでも見ることができる。ただ、「見える化」だけにとどまらず、電気料金を抑制するための対策まで通知する点が、Ennet Eyeの強みだ。

 エネット経営企画部事業開発室の五郎丸章裕課長は、「お知らせした対策を実行してもらえれば電気料金は5~10%ほど下がる」と説明する。

 空調や業務量の増加によって使用電力量は変動しやすい。例えば、早朝に出勤する人がいたり、夜中に掃除業者が入ることでも電気料金は上昇する。Ennet Eyeのターゲットである中規模ビルの場合、BEMS(ビル・エネルギー・マネジメント・システム)が入っていることは稀であり、専門の管理者が電気の利用状況を見ているケースも少ない。

 「見える化ツールで使用電力量が増えていることを把握しても、多忙な業務の中で原因を特定するのは容易ではない。しかも、1人で数十~数百の建物を管理している人もいる。1つ建物だけでも原因を特定できないのに、複数の建物の状況を把握し、改善していく手間は計り知れない」(エネットの五郎丸課長)

 ただし、Aルートデータ頼みのEnnet Eyeの場合、使用電力量の上昇理由が、例えば「照明である」というところまでは分かる。だが、照明ごとにセンサーを付けているわけではなく、省エネコンサルタントが現場を見にいくこともないため、どの照明が原因なのかは特定できない。あくまで建物全体の使用電力量の変化と気温の相関関係からの推測にとどまる。

 だが、複数の建物を管理し、それぞれで電気料金を上昇させそうな状況を把握し、おおまかな原因と対策を翌日に通知できるスピード感は、自動省エネサービスならではだ。

 「使用電力量の上昇要因が読みやすい中規模ビルならば、これで十分だ」とエネットの五郎丸課長は胸を張る。

海外ベンチャー3社の技術やコストを検証

 エネットが使用電力量の「見える化」サービスを始めたのは2005年にさかのぼる。既に10年以上、サービスを提供してきたものの、「見える化だけでは、どうしたら電気料金を抑えられるのか分からないという要望が多かった。対策まで示さないと意味がないと常々感じていた」(五郎丸氏)という。

 そこで3年ほど前から、Aルートデータを使った自動省エネ診断サービスの提供を検討し始めた。AIを活用した省エネサービスで先行する米国やオーストラリアにもパートナーを探し求めた。

 COゼロ社と米国のベンチャー2社の計3社と協議を重ね、そのうち2社と実証を行ったという。「両社ともサービス提供は問題なくできることを確認した。ただ、COゼロ社の方がコストが安く、入力が必要なデータ量が少なかった。人手を割けない当社にとって、この点は大きかった。国内では3年間の独占提供を約束してくれたことが決め手になった」とエネットの五郎丸氏は明かす。

 COゼロ社は、自国オーストラリアでは、同国最大の電力会社、オリジンにAIエンジンを提供。オリジンは2016年に自動省エネ診断サービスを始めた。実は、COゼロ社はAIベンチャーであると同時に電気事業者でもある。オリジンやエネットとの協業だけでなく、自社顧客にもサービスを提供している。

 電気料金が高く、電力会社間の競争が激しいオーストラリアで生き残るには、自動省エネ診断が差別化要素になるとCOゼロ社は考えたようだ

豪AIエンジンは日本のデータを学習させる

 Ennet Eyeの仕組みはこうだ。

 まず、顧客の使用電力量の30分値は、スマートメーターから一般送配電事業者のサーバーに集められる。エネットは、このデータを自社のメーターデータ管理システム(MDMS)に引っ張ってくる。MDMSと接続した顧客管理システム(CIS)がオーストラリアにあるCOゼロ社のサーバーとつながっており、COゼロのAIエンジンがエネットの顧客の建物ごとに、使用電力量データと建物の住所から割り出した気象データを使って、自動で省エネ診断を行う。

 AIエンジン自体はCOゼロがオーストラリアでのサービスに使っているものと同じだ。オフィスやホテルなどの施設の電気の使い方は、日本とオーストラリアで大きく変わらないので問題ないという。ただし、AIエンジンの機械学習は、日本の需要家のデータで行っている。「昼休みに消灯する」といった日本の風習も考慮してある。

 自動省エネ診断の場合、AIが解析するデータの量が多いわけではなく、技術的に難しいところはさほどない。ただ、「アラートが上がった内容のうち、どこまでを顧客に通知するのか、どういった形で伝えるのかといった人とのインタフェースの部分が大切だ。通知する、しないにしても、ノウハウによるところが大きい。先行してサービス展開することで、ノウハウを蓄積したい」(エネットの五郎丸氏)。

価格競争からの決別を目指す

 電力全面自由化以降、新電力の主戦場である高圧部門では、激しい価格競争が繰り広げられている。中でも負荷率の低いオフィスや店舗を抱える企業には、新電力が殺到している。「中規模ビルの契約でも、大手電力から新電力まで10~15社から相見積もりを取るケースも珍しくなく、消耗戦の様相だ」(新電力関係者)。

 横並びの価格比較から脱却したい――。エネットが自動省エネ診断サービスの提供開始を急いだ背景には、こうした思いがあった。

 Ennet Eyeはエネットと電気の契約を結べば安価に利用できる。「まずはお付き合いの長い30社ほどの顧客に紹介するところから始めている。3カ月のトライアルで効果を実感してもらいたい。その後の月額料金は1件当たり月額数千円程度と安価に抑える」(五郎丸氏)。

 自動省エネ診断サービス自体で収益を上げることが目的ではなく、「サービスを使いたいからエネットの電気を選ぶ」という構図に持っていくことが狙いだ。「一度使ってもらえれば、安価な利用料で電気料金が安くなることを体感できるはずだ。基本料金はたった1回の失敗で上がってしまう。デマンド監視装置を入れている企業も、Ennet Eyeで何が起きているのか傾向を掴んでもらえたら、失敗を未然に防ぎやすくなる」(五郎丸氏)。

 ある新電力幹部は、「AIエンジンを本気で育てる必要性が新電力にはある」と指摘する。その理由は、新電力のビジネスモデルにある。

 新電力の営業戦略は負荷率の低い企業に対して、大手電力会社よりも基本料金を割り引くことで切り替えを促すやり方が主流だ。つまり、契約後は使用電力量が少ないほうが、電力の調達量が少なくて済むため、収益性が高まる。豊富な電源を持つ大手電力とは異なり、電源を持たない新電力は顧客の省エネを支援すればするほど、利益が増えるという構図にある。

高圧の離脱を止めたい大手電力も触手

 豊富な電源が強みの大手電力は新電力とは異なり、負荷率の高い顧客を中心に、「電気が売れれば売れるほど嬉しい」というモデルになっている。顧客の省エネを進めることが、お題目以上に重要な新電力とは、少し事情が異なる。

 それでも、大手電力は高圧部門のテコ入れに躍起だ。新電力の猛攻によって、最も離脱が多いのが、高圧部門だからだ。AIが流行りのキーワードだという地合いもあって、水面下でAルートデータを使った自動省エネ診断を検討している大手電力は複数、存在する。

 既にサービスの検討を明らかにしているのは中部電力だ。今年6月に高圧部門の法人を対象とした新たな省エネサービスを検討する「梅プロジェクト」を始めると発表した。高圧の既存顧客を対象に、AIやビッグデータ解析を用いた省エネ診断を提供したり、デマンドレスポンス(DR)など、より高度なエネルギーソリューションサービスに繋げるという。

 中部電グループ経営戦略本部デジタルイノベーショングループの樋口一成グループ長(部長)は、「高圧は競争で一番食われている領域だ。サービス提供で強化していく必要がある。その1つがAIを活用したサービスだ」と説明する。梅プロジェクトは、約3万件の高圧顧客のうち、中部電が抽出した500件ほどにアプローチし、賛同を得た顧客と共に取り組んでいくという。

 中部電は梅プロジェクトの詳細を明らかにしていないが、「顧客ごとのソリューションサービス」(樋口部長)だという。スマートメーターのデータなど収集してクラウド上で見える化するほか、分電盤などにセンサーを取り付けて分析するといった“枯れた技術”を活用して省エネアドバイスなどを展開する。さらに、「AIエンジンを持つベンチャー企業とも協力しながら進めていく」としているが、社名は明らかにしていない。

 中部電は家庭向けでは、エネットと同様の自動省エネ診断を今年4月から技術検証している。豪COゼロ社のような、Aルートデータを使うAIエンジンを持っている米ベンチャーのビジェリ(Bidgely)社と分析技術を検証している。さらに、家族構成などの要素を織り込んだ解析を、日本のベンチャー、ABEJA(アベジャ、東京都港区)と開始することも発表した。「AI技術は黎明期。パートナー企業も決め打ちせず、様々なところを比較したい」と樋口部長は言う。

 家庭向けでは、東京電力ホールディングスが2013年から米オーパワー(Opower)と提携し、家庭向けネットサービス「でんき家計簿」(自由化後の料金については「くらしTEPCO」)を展開中だ。

 「自動省エネ診断は、サービス料金を高めに設定するのが難しい」(新電力幹部)。このため、高圧の法人顧客に比べて電気料金の支払額が少ない家庭向けでは、サービス提供にかかるコストをいかに安価に抑えられるかが勝負になる。新電力は主戦場である高圧を中心にサービス開発を進め、大手電力は家庭向けも含めた展開を模索する構図になりそうだ。

 AIやIoT(モノのインターネット化)を始めとする第四次産業革命の足音が大きくなる今、エネルギービジネスでも覇権争いが始まっている。

10月3日・4日緊急開催 電力取引セミナー
日経BP総研 クリーンテック研究所はセミナー「徹底研究・電力取引、乱高下するJEPX、揺れる制度に負けない電気事業ノウハウを学ぶ」を開催いたします。1日目は世界各国の電力取引と関連制度に精通した講師から電力取引の全体像を、2日目は新電力での実務経験豊富な講師からJEPX対策を学びます。元の収益改善から将来の経営戦略の立案にまで役立てていただけます。1日だけの参加も可能です。詳細はこちらをごらんください。