資源エネルギー庁の審議会や電気の安定供給を司る電力広域的運営推進機関で「容量市場」と呼ばれる新市場の設置の検討が進んでいる。2020年度をメドに取引開始を計画しており、この12月にも制度や運営の骨格が固まる見通しだ。

 だが、電力の容量市場は国内で初めての試みであり、一般の消費者やビジネスパーソンはもちろん、電気事業者や専門家でさえ正確にイメージできている者は限られているように思える。一般紙などで報じられる機会はほとんどなく、世の中で話題になっているとは言い難い。

 しかし、容量市場が立ち上がれば、ここを介してかなり大きな資金が動く可能性がある。制度や運営がしっかりしていないと、小売電気事業者や電気の需要家が想定外の負担を強いられる恐れがある。その意味で、容量市場は議論の段階からきちんとウオッチしておく必要を強く感じている。

 容量市場とは一言で言えば、発電機や発電所の“発電能力”に対する価値の一部を、市場機能を使って評価し、取引を行う卸市場をいう。

卸市場版の“基本料金”

 大口と一般家庭などで方式はやや異なるものの、大抵の場合、電気料金は基本料金と電力量料金(従量料金)の2つの要素で構成されている。電力量料金は1カ月に使用した電力量(kWh)に応じて課金されるのに対して、基本料金は一度に使用可能な最大需要量(kW)から決まる。東京エリアなどの一般家庭の場合、30アンペアとか60アンペアとか最大需要量をあらかじめ決め、契約に応じた基本料金を負担する。

 この場合、電力量料金は燃料費などその都度の発電に必要な可変費の回収に、基本料金は電力の需要規模に対応する電源(発電設備)の建設費など固定費の回収に主に充てられるとされる(おおよその区分であり、厳密に対応しているわけではない)。

 ごく簡単に言えば、卸市場においても基本料金と電力量料金をある程度区分して回収しようというのが容量市場創設の発想である。

 現在、日本卸電力取引所(JEPX)においては、売り手と買い手の双方がkWh当たりの価格を入札し取引価格や約定量を決定する仕組みになっている。このJEPXとは別に、発電所建設費用などの固定費の一部を小売電気事業者が発電事業者に支払うに当たって、そのkW当たりの価格とkW量を決定する場が容量市場である。前者が「kWh市場」だとすれば、後者は「kW市場」ということになる。

発電所の「kW価値」の取引が始まる
東京電力フュエル&パワーの横浜火力発電所(出所:東京電力ホールディングス)

 容量市場の創設を提起した政府資料にはその目的として、「電源投資に関して、一定の投資回収予見性を確保するための仕組み」とある。“一定の投資回収予見性”というのがミソであって、容量市場で回収するのは決して電源建設費など固定費の全額ではない。

 これまでのJEPXにおけるkWh市場でも、限界費用(燃料費相当)が安い電源であれば、市場価格との差額が利益となり、固定費の回収に充てられてきた。買い手から見れば、市場で必要とされる電源に対しては固定費を充当してきたことになる。

 ただ、電源投資には計画から稼働まで、数年あるいはそれ以上かかる場合がある。日々、変動するうえ、数年先の水準を予想しにくいkWh市場の価格だけを見ていても、いつ、どれだけの規模の電源を建設すればいいのか見当をつけにくい。

 効率の悪い老朽火力が徐々に退場していく一方で、新たな電源投資が滞ったとすれば、いざ電源不足が電力価格の高騰という形で顕在化しても、すぐに対応がとりにくい。だから、将来にわたる安定供給を確保する上で、“一定の投資回収予見性”を発信する市場機能が必要だというのが、資源エネルギー庁が容量市場導入を提起した理由である。

欧州では再エネ大量導入などが引き金に

 実際、自由化した複数の欧米の電力市場で、すでに容量市場をはじめとする容量メカニズム(市場機能によらない制度を含む広義の電源確保の仕組み)の導入は始まっている。

 太陽光や風力発電が大量に導入された欧州の電力市場では、限界費用がゼロか、ゼロに近い再生可能エネルギーが卸電力市場になだれ込み、最低でも燃料コストに見合う価格で約定しなければ赤字になってしまう火力発電由来の電力は約定量が激減した。

 その結果、収入を確保できない火力発電の廃止が相次ぎ、変動電源である再エネの過不足の調整役を担う火力発電までが不足を危ぶまれる事態に陥った。こうした状況が、容量市場や容量メカニズム導入の背景になっている。

 翻って、再エネの導入が欧州や米国の一部の州に比べて緩やかな日本は、そこまで事態は進行していない。そもそも小売り量に占める取引所取引の比率が圧倒的に少ない日本の場合、卸市場が電源建設費の回収の障害になっているとまでは言えないだろう。

 むしろ、全面自由化以前までに「安定供給第一」を掲げて大手電力が建設した供給力(電源)は、国内の総需要を大きく上回る。原子力発電がすべて止まっても供給力は不足しなかったほどだ。

 そのことはある意味で“見事”なことだが、今後、稼働原発が増えていくとしたら、加えて人口減少やエネルギー効率の上昇で需要そのものの減少が見込まれるなら、当面は余っている電源をどうするかの方が大きな問題になるとの見方も少なくない。

 大手電力の投資回収を支えた総括原価方式の仕組みは、全面自由化による競争が進展し、過渡的に残っている規制料金制度がなくなれば、完全になくなる。余剰電源をどこまで維持するのか(減らすのか)、維持費用を誰がどう負担するのか。
 
 予備的な電源が一定程度必要なことは疑いないが、過剰な電源の維持は負担の増大につながる。容量市場の設計や運営法の議論の裏側で、実は新規電源の投資のあり方だけでなく、現存している電源(資産)をできるだけ維持したい大手電力と、過剰な固定費負担を避けたい小売電気事業者の綱引きが始まっている。

 高度成長が終わった成熟時代の電源投資や電源維持に必要な資金回収の仕組みを、受益と負担の関係を熟慮しつつ、自由市場のルールの下で決めていく必要がある。

 容量市場の導入で必要なのは、正しい理解と透明性の高い議論だ。電源の維持や投資にかかる資金は最終的には需要家が負担する。安定供給と負担のバランスは、需要家も含めた誰もが納得できるものでなければならない。

容量市場の独り歩きは危ない

 容量市場や容量メカニズムを導入した欧州や米国では、導入後も改善を目指した試行錯誤が続いている。それだけ、最適な容量市場の実現は一筋縄ではいかない難題と言える。

 エネ庁は電力の価値を、実際にエネルギーとして消費する「kWh価値」、発電能力(容量や規模)を表す「kW価値」、そして実需給時に発電機の出力を上下させて短時間に需給を一致させたり、周波数を調整したりする調整能力としての「ΔkW価値」という3つの価値に分けて整理している。これら3つの価値(機能)がそろって初めて、電力は品質や供給信頼性を確保できるという考え方だ。

 本稿ではまず、前日スポット市場に代表される現行のkWh市場においてはkWh価値だけでなく、先にも触れた通り、すでにkW価値が織り込まれて取引されている現実を確認しておきたい。

 というのは、容量市場を専門的、技術的観点から議論を深掘りしている広域機関の検討会の場においても、現行の前日スポット市場(kWh市場)と容量市場(kW市場)の関係性についてはほとんど議論していない。そのため、市場関係者間で共通の理解を共有し切れていないと感じる。

 この点をきちんと意識しないまま、あるいは十分に理解しないまま容量市場の議論を進めると、市場創設の意味や目的を捉え損ね、誤った市場設計や市場運営を招きかねないと危惧している。

 電力の価値をkWh価値とkW価値という2つの概念で整理してみても、実態として電力が提供するサービスに対して需要家が支払う対価は合わせて1つである。両者に関連がないと考えるのはいかにも不自然であり、また独立して存在するかのような誤解は禁物だ。そこでここでは、容量市場で想定されるkW価値の価格水準について、kWh価値との関連から推計する考え方を紹介する。

 電源のkW価値とはそもそも何か。ある規模(kW)の電源が存在しているとき、有効に稼働する機会が多いほど、そのkW価値は高いと考えるのが合理的だろう。電源の稼働機会とは、その電源を稼働させれば儲かるタイミングである。

 電源の稼働機会を市場価格との関係で探ってみよう。以下に出てくる複数のグラフはいずれも、ある電源の限界費用(1kWhを発電することにかかる費用)の水準と、想定される電力価格の将来水準(カーブ)を重ねたものだ。

 グラフ1は電源の限界費用が比較的高いケース(12円/kWh)を想定した。この場合、緑の背景色で示された範囲で市場価格が限界費用を上回る。

限界費用が高い電源はkW価値は小さい
グラフ1●kW価値の考え方(限界費用が高いケース)

燃料費が安い電源のkW価値は高い

 電力の市場価格より発電の限界費用が安い場合(時間帯)は、この電源を稼働させて、電力需要に応じるのが合理的な行為となる(市場で調達するより発電する方が競争力は高い)。市場価格が限界費用を上回った市場価格の積分値(グラフで囲まれた面積の合計)が、当該電源が将来発電して生み出しうる経済的価値であり、kW価値と等価になる。

 さて、こうした手法で電源のkW価値を評価できるとすると、より限界費用が安い電源の場合、その価値がどうなるのかを見てみよう。グラフ2は限界費用が標準ケース(10円/kWh)、グラフ3は限界費用が標準より安いケース(8円/kWh)を表している。

限界費用が標準的な電源はkW価値も標準的
グラフ2●kW価値の考え方(限界費用が標準的なケース)
限界費用が低い電源のkW価値は大きい
グラフ3●kW価値の考え方(限界費用が低いケース)

 それぞれ限界費用を示すオレンジの直線が下がった分、グラフ1よりグラフ2のケースの方が、グラフ2よりグラフ3のケースの方が、電源を稼働させる機会が増加したり、稼働時間が長くなったりすることが読み取れる。

 つまり、限界費用が小さい電源ほど、市場価格に勝てる時間が長くなり、kW価値が高まる。

 もう少しこのアプローチの意義を考えてみたい。グラフ1のケースで、緑の市場価格のカーブを1円/kWh上昇させてみた(グラフ4)。

市場価格の水準が高ければkW価値は大きくなる
グラフ4●kW価値の考え方(市場水準が上昇したケース)

 すると赤丸で囲まれた分だけ電源の稼働機会が増え、kW価値を示す面積も増加した。市場価格の水準が高くなったことで、相対的に価値が低かった電源のkW価値が増大したことになる。つまり、限界費用と市場価格の相対的な位置取り(乖離状況)によって、kW価値は変動する。

 もう1つ、重要な視点がある。それは市場価格の変動性(ボラティリティ)だ。

 標準的な限界費用を想定したグラフ2の電源の場合で、市場価格の変動が小さいケースを考えたのがグラフ5だ。市場価格の変動が小さくなると、丸で囲まれた面積(kW価値)が小さくなる。つまり、電源が市場と共存する際の経済的期待値が小さくなり、相対的なkW価値が低下することが分かる。市場価格の変動性もkW価値の大きさを決める要因だ。

市場価格の変動が小さいとkW価値は小さくなる
グラフ5●kW価値の考え方(電力価格変動が小さいケース)

 実は、ここで紹介したアプローチは、金融取引の世界で利用されている「オプション価値」の考え方に通じる。

 オプション取引とは、デリバティブ取引の一種で、将来のあらかじめ定められた期日や期間に、現時点で取り決めた価格で売買する「権利」を売買する取引をいう。将来価格の変動リスクをヘッジするための取引で、その権利の価値を「オプション価値」と呼ぶ。

kWh市場の動向を無視して容量市場はあり得ない

 つまり、容量市場の導入は、小売電気事業者に将来の発電能力(電気を買う権利)の買い付けを義務付けるものと言い換えることができる。その買い付け価格(オプション料)を決めるのが容量市場だ。

 ただ、現在、国内で創設を検討している容量市場は、「集中型」と呼ばれ、電力広域的運営推進機関が市場管理者となってオークションを実施する方式が有力だ。その際、国全体で必要な電源の確保目標(需要曲線)を人為的に設定するのが大きな特徴で、発電事業者の入札で決まる供給曲線を合わせることで価格を決める。

 そのため、「電源の確保目標」の作成が決定的に重要になる。仮に確保目標として現存する全電源量に近い量を設定したとすれば、事実上、投資額の全額回収を前提とした総括原価方式と変わらないことにもなりかねない。過剰に目標が見積もられれば、必要以上に重い負担を小売電気事業者が、ひいては需要家が負うことになる。電源の確保目標の適正さを誰がどのように担保するかが重要だ。

 ここまで見てきたとおり、kW価値は現存するJEPXのkWh市場に内在している。kWh市場に表れる価格水準や価格変動と連動する形でkW価値は絶えず変化し、その時点で市場に売り出された電源のkW価値はkWh 市場から上げた利益の中に含まれている。

 kW価値は容量市場だけで独立して決まるものではない。金融の世界でも金利や為替など現物の市場価格の水準や価格の振舞い(ボラティリティ)を無視して、オプション取引が成り立つわけではない。容量市場がオプション取引の変形だとしたら、いかに人為的とはいえ電源の確保目標の設定には、現物のkWh市場の動きや水準を加味した金融理論的な評価も欠かせないだろう。

 また、容量市場の本格的なスタートの前に、スポット市場や先渡市場といったkWh市場の流動性の高め、健全な市場へと成長させることも重要だ。

 kWとkWhの両市場が健全でかつ整合が取れていることが条件である。さもなければ、電力に関わる複数の市場同士で矛盾が生じ、無用な裁定取引を引き起こす。あるいは、全国規模で効率の高い電源から順に利用していく広域メリットオーダーなど、他の制度に支障をきたす恐れもある(過剰にkW価値を支払えば、効率性に基づいた電源の本当の価値が見えなくなる)。

 その意味では容量市場も“市場”なのだ。求められる機能は適正な価格シグナルを発信することだ。ゆめゆめ、不要な電源の救済策などであってはならない。