自社の顧客もまだ十分に獲得できていないのに、なぜ敵に塩を送るようなことをするのか――。

 そう問いたくなるようなマーケティング戦略を愚直に実行し続けている新電力がある。ちょうど1年前、既存の大手電力や大手新電力が料金競争を繰り広げる中で「価格競争終了宣言」をぶち上げた、みんな電力(東京都世田谷区)だ。

 みんな電力は、「ENECT(エネクト)」と呼ぶ情報サイトを自ら運営している。いわゆる「オウンドメディア」でライバルの新電力の取り組みを中心に、幅広く電力業界の最新ニュースを連日公開している。

みんな電力のオウンドメディア「ENECT」

 オウンドメディアは、自ら情報発信力を高めることで顧客との接点を強化できるとして、消費財や食品、化粧品、サービスなど幅広い業種の企業が開設している。食品やキッチン家電メーカーによるレシピサイトは、オウンドメディアの一例だ。

 自社製品を用いた多様な料理レシピや調理法を提案することで、競合がひしめく製品やサービスの分野においても、自社ブランドの強化が期待できる。また、日常的に役立つ情報などを発信し続けることでリピーター読者を増やしていければ、オウンドメディアを起点にして自社ブランドの根強い支持者を育める可能性もある。

 自社ブランドの強化や根強いファンを育てることなどが目的である以上、オウンドメディアを運営する企業は、自社製品やサービスに直接関係する情報を中心に発信するのが一般的だ。

 しかし、ここ数カ月の間にENECTに掲載された最新ニュースの中に、みんな電力に関する内容は、たったの1件しかない。電力需要を全量再生可能エネルギーで賄う「RE100」活動の達成を目指す同社の企業向けの支援サービスについてだけだ。

 基本料金0円のプランで順調に顧客を獲得するLooop(東京都文京区)や、安価な料金体系を打ち出して人気を集めるエルピオ(千葉県市川市)といったライバル新電力の話題の方が多い。ENECTでは東京電力グループや関西電力、北陸電力、中国電力など、みんな電力のビジネスとは直接関係のない大手電力の動向も制限なく取り上げている。

 2016年4月に電力小売り全面自由化がスタートする前後から、顧客の新規獲得を目指すほとんどの電力会社が新料金プランや付帯サービスの充実ぶりをWebサイトで前面に打ち出し、自社サービスの優位性をアピールしてきた。そうしたなかにあって、競合他社の動向ばかりを紹介するみんな電力のオウンドメディアは極めて異質だ。

 みんな電力に、テレビコマーシャルや販促キャンペーンを大々的に展開する大手並みの潤沢な資金はない。ガスやケーブルテレビ、携帯電話といった既存事業の顧客も持っていない。まったくのゼロベースで電力小売りに参入したこともあり、大半の新電力に事業規模で大きく水をあけられている。

 経済産業省が公表している電力調査統計を参考に、月別の電力需要実績に基づく事業規模ランキングを作成したところ、みんな電力は家庭向けなど低圧電力の分野でトップ100にも手が届いていない状況である。

みんな電力の販売電力量は新電力で124位
低圧部門の販売電力量ランキング(2017年6月)

 東京ガスとKDDI、大阪ガスのトップ3は別格だが、参考までに6月の低圧部門の電力需要実績は3社とも1億kWhを超える。前述したライバル新電力Looopの実績は1560万kWhで14位。36位のエルピオは390万kWhとグンと小さくなるが、これと比べても、みんな電力の40万kWhは桁違いに小さい。

 この数値だけを見れば、現時点で競合を脅かす存在ではない。それでも今回、みんな電力に着目したのは、ENECTが潜在顧客との接点を作り出す集客用のWebツールとして、ジワジワと成果を上げ始めていることが明らかになったからだ。同社が提供する低圧電力の契約者は着実に伸びており、契約数はENECTへの訪問者だけで1500件を超えた。

 「現在はRE100関連の法人向けビジネスに注力しているのに加え、低圧電力のサービスは関東でしか提供していないので、どうしても契約数は限られる」。大石英司社長はこう話し、あくまでも今時点では個人向けの事業に全力を注いでいないことを示唆したうえで続ける。

 「これから段階的にサービス提供エリアを拡大していくにつれて、契約数は1万件程度まで自ずと増えていくはず。将来的には、月間1億円ほどの売上高を生み出すツールになるポテンシャルがENECTにはある」。

プロを招聘して編集体制を確立

 ENECTには大きく3つの特徴がある。1つは、小規模ながら社内に編集部を設けている点だ。

 ENECTを立ち上げるため社外から編集長を招聘すると共に、みんな電力社内で新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)関連のプロジェクトを担当していた竹蓋優貴氏を編集部に加え、2人体制でコンテンツの企画や編集を手掛けている。

 編集長を務めるのは、フリーランスのライターとして活躍してきた平井有太氏。東日本大震災後に福島県に移り住み、放射性物質による汚染状況を調査する土壌スクリーニングにも取り組んできた、知る人ぞ知るプロのライターである。

 エネルギー業界の外に目を向けると、ENECTのようなオウンドメディアを開設している企業は珍しくない。だが、掲載するコンテンツの企画から取材、執筆、編集まで外部の制作会社や編集プロダクションに丸投げし、「オウンド(Owned)」とはかけ離れた運営をしているケースが目立つ。

 2つ目の特徴は、2016年3月末のオープン当初から業界動向を伝える最新ニュースのほかに、ENECT編集部が企画から執筆まで完全に内製したオリジナルコンテンツの拡充を図っている点だ。

 とりわけ、ミュージシャンや芸術家、建築家などエネルギーとは“畑違い”の著名人に、それぞれの活動を通して感じている電力に対する考え方や未来への思いを聞くインタビュー企画は、プロのライターを起用したENECTならではの内容になっている。いずれのインタビューも大勢の記者や外部ライターを抱える商業誌に先駆けて取材を敢行した、ENECTでしか見られないコンテンツばかり。

 最たる例が、「世界でいちばん貧しい大統領」の愛称で知られるウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領の独占インタビューだ。2015年秋、ENECTのオープン前に平井氏は南米各地を旅行するのと並行してムヒカ氏へ取材依頼をしていた。帰国直前になってようやく快諾を得て行った1時間のインタビューの内容を、2016年4月5日のムヒカ氏来日直前から3回連載でENECTに公開した。

 こうした独占インタビューを核とするオリジナルコンテンツはすでに、ENECTの根強いファンを作り出している。

電気事業の硬いイメージを払拭する取り組みも
みんな電力が手がける「ジョシエネLABO」

 ENECTの閲覧数は現在、1日あたりコンスタントに2000件程度。絶対数こそ少ないが、この読者の中からみんな電力は低圧電力のサービス契約を1500件あまり獲得している。2人で運営している点も踏まえれば、集客ツールとしてのENECTの効果は悪くないだろう。

 そしてENECTの第3の特徴は、中立な立場でコンテンツを配信していることである。冒頭で触れたとおり、みんな電力は自社のサービスに限定せず、ライバル新電力の動向までも最新ニュースとしてENECTで紹介する。

 契約に結びつけようとするあまり、オウンドメディアは往々にして自社の製品やサービスの宣伝色が濃くなりがちだが、ENECTにはそれがない。みんな電力は「決まった解がない、全面自由化がもたらす未来のライフスタイルを提示する」(大石社長)ため、ENECTで多様な情報を発信している。

 電力の調達先となる発電所を顧客が間接的に選べる「顔の見える電力」や、電気料金のコスト構造を明示した「日本一高い透明性」を謳うサービスを展開するなど、単純な料金競争とは一線を画した戦略をとっているからこそ、競合の紹介になるようなコンテンツも思い切って配信できると言える。

コンテンツ使用料や広告費の“副収入”にも期待

 外部に丸投げせず、自社主導でオウンドメディアの運営を続ける利点は決して小さくない。特にオリジナルコンテンツの充実によって、自社の認知度を飛躍的に高められる公算は大きい。

 実際、筆者の調べでは、メディアの広告枠販売やコンテンツ配信サービスなどを手掛ける企業がENECTのオリジナルコンテンツの価値に注目し、コンテンツの外部配信や広告掲載を提案すべく、みんな電力に接触しようとする動きが出てきた。

 オリジナルコンテンツが国内の複数の情報サイトに配信されるようになれば、ENECTとみんな電力の認知が広がり、新たな契約の獲得に結び付く可能性が出てくる。記事配信に伴うコンテンツの使用料や広告掲載費の“副収入”も期待できる。

 大手新電力のように継続的に広告宣伝費を投じるのが難しく、商業誌などで取り上げられる機会にも恵まれにくい中堅中小規模の新電力にとって、オウンドメディアの運営は一考の価値がある。

 最近では、オウンドメディアの基盤を用意すること自体は難しくなくなってきた。みんな電力の場合、ソースコードが開示され無償で利用できるCMS(コンテンツ管理システム)を用い、ブログで記事を書く要領で次々とコンテンツを公開している。

 今後も既存の大手電力や大手新電力と同じように、料金の安さを売りモノにして値下げや割引きを軸とする消耗戦を繰り広げるか。料金が大手より多少高くても再エネの発電所を応援したいという環境意識の高い顧客や、電気料金のコスト構造を明示する透明性の高さに共感する顧客の獲得を狙うか。

 300社以上も存在する月間電力需要実績が200万kWhに満たない大半の小規模な新電力は自社の電力サービスを知ってもらうために、大手とは違う中堅中小の事情に見合った顧客獲得戦略を真剣に考えるタイミングに来ている。

  
栗原 雅(くりはら・もと)
1998年、日経BP社に入社。日経コンピュータや日本経済新聞の記者として国内外企業のIT活用事例やITベンダーの経営戦略、最新技術動向を取材。2006年に独立後、IT専門誌の立ち上げや企業のオウンドメディアのプロデュースを手掛ける。趣味はレスリング(ただし、観戦)。稲門レスリング倶楽部常任委員