福島第1原子力発電所事故から丸6年。東京電力グループが、悲願であった社債市場への復帰を果たした。今回の起債プロセスは“普通”ではない。格付け会社ムーディーズで電力業界を担当した経験をもつアジアエネルギー研究所の廣瀬和貞代表に読み解いてもらう。

 東京電力ホールディングス(東電HD)の送配電事業子会社である東電パワーグリッド(東電PG)は3月9日、新規社債を発行した。東電グループとしては2011年3月の福島第1原発事故による経営危機後、初めての起債になる。

 2010年9月に実施した前回の社債発行から約6年半を経て、ついに社債市場に復帰したわけだ。東電PGは当初、発行予定額を3年債と5年債の合計で700億円程度としていた。だが、最終的にそれぞれ100億円の増額を決め、計900億円を発行した。

 だが、今回の起債計画の進め方には、異例な点があった。通常、長期の資金を調達する場合には、投資家に対して資金の使途と返済計画を明らかにするため、調達資金を返済するまでの期間の経営計画を策定し、資金計画と併せて投資家に説明するものだ。投資家は社債発行体企業や主幹事証券会社からその計画の説明を聞き、議論を重ねたうえで、自らの資金運用計画と整合する範囲で当該社債への投資を決断する。これが社債投資の原則だ。

 ところが、今回の東電の起債プロセスにおいては、投資家に対して社債返済計画を説明する際に必要な最新の事業計画および資金計画が、まだ完成していない状態なのである。

廃炉や賠償の費用は倍増、資金計画の前提は崩れているが・・

 東電グループには、2014年1月に経済産業大臣が認定した「新・総合特別事業計画」(以下、「新総特」)がある。新総特には、2023年3月期までの資金計画も含まれており、今回発行した社債の償還期限までの期間がカバーされてはいる。

 しかし、資金計画の前提となる新総特は、近々大幅な改訂が予定されている。福島第1原発事故に伴う賠償・除染・廃炉の費用の合計が、現行の新総特で見込んでいた11兆円から22兆円へと倍増したためだ。

 現在の新総特の策定後に、各費用が当初想定を上回ることが分かってきた。東電自身、2016年7月に「激変する環境下における経営方針」を発表し、政府に対して「当初見込みを上回る賠償費用の負担のあり方」について方針を明らかにするよう求めた。これを受けて経済産業省は「東京電力改革・1F問題委員会」(東電委員会)を設置。昨年10月から12月まで、有識者による議論が行われた。主たる議題は、当初想定の約2倍に膨れ上がった原発事故に伴う費用の手当てと、東電の経営の在り方であった。

 東電委員会は2016年12月20日、「東電改革提言(案)」を発表した。これを受けて、東電グループ及び原子力損害賠償・廃炉等支援機構(原賠機構)が、新総特の改訂作業を進めている。3月14日時点で新しい新総特は発表されておらず、改訂・認定の時期は4月頃になるとも予想されている。

 新総特の前提となっている事故関連費用が大幅に増大するため、改訂によって資金計画も大幅に変更されるだろう。従って、今回の起債に際して、現行の新総特に基づいて社債の返還について投資家に説明することは、誠実な態度とは言えない。社債投資の原則から考えれば、近々予定されている新総特の改訂・認定を待ち、その新しい事業計画・資金計画を投資家に説明して理解を得た上で、社債を発行すべきであった。

 こうした背景から、東電PG債の購入を見送った機関投資家もいる。一方で、積極的に購入を決めた投資家は少なくなかった。前述のように、当初の発行予定額に収まらないほどの人気を博したのは、このためだ。今回の状況を、どのように読み解くべきであろうか。

東電グループと投資家、社債をめぐり思惑が交錯

 社債を発行する東電グループにとって、社債発行は現行の新総特の目標だ。現行の新総特には、「2016年度中の公募社債市場への復帰を目指す」と明記されている。改訂作業の終了が近いとは言え、新しい新総特が発表されていない現状においては、東電が従うべきは現行の新総特である。

 こう考えれば、2016年度中の公募社債発行を目指すのは当然と言えなくもない。だが、投資家に対する責任を考慮すれば、この考え方に立つのは説得力に欠ける。

 東電の立場からのもう1つの見方は、資金繰りの必要性から社債発行を急いだというものだ。福島事故以降、社債が償還を迎えるたび、国内の金融機関が肩代わる形で融資に応じて来た。福島事故直後の2011年3月末時点で約5兆円あった東電債の残高は、相次ぐ償還により2016年9月末に約2兆円にまで減少している。これまでは各銀行とも、自行の貸出ポートフォリオにおける東電向け融資の拡大を受け入れてきた。だが、そろそろ限界に近づきつつあると言われている。

 さらに、来期(2018年3月期)には、6500億円の社債が償還を迎える。そのうち4000億円は上期(2017年9月まで)に償還期限がやってくる。銀行に貸し出し余力がなくなりつつある中、上期分の償還は目前に迫っている。東電グループには、資金調達を少しでもスムーズに進めるためにも、投資家との対話を早めに再開して社債発行の可能性を見極めておくことが重要だと考えたのではないか。この見方が恐らく実態に近いだろう。

 他方、社債投資家にも事情がある。それは深刻な運用難だ。安定した運用対象である国債が、日本銀行による異次元金融緩和の継続によって市場で枯渇し、代替となる投資対象が求められている。電力債は、福島事故後は国債と比較した場合のリスクが高まってはいるものの、他の事業債に比べれば、多くの投資家には未だ安定した運用対象に見えている。

 つまり、現在の運用難の状況によって、東電PGによる今回の社債は実力以上の評価をされている面がある。これが東電債の人気の大きな要因であろう。

 そして、もう1つのポイントは、東電の経営に対する国の関与の深まりが、社債投資家に安心感を与えている可能性である。現行の新総特には、東電に対し2016年度末に「責任と競争に関する経営評価」を行い、その結果によっては東電を「一時的公的管理」から「自律的運営体制」に移行させるとある。具体的には、原賠機構の保有する議決権の2 分の1 未満への低減、原賠機構役職員派遣の終了、議決権比率に見合った取締役会の構成への移行などである。

 この経営評価は予定通り行われるとみられるが、その結果として原賠機構の東電の経営への関与が低減することは考えにくい。なぜなら、東電委員会が取りまとめた「東電改革提言(案)」は、東電存続の原点である「福島事業」に、国の長期関与を求めている。ここでいう福島事業とは、原発事故に対する賠償や廃炉などを指す。

 今回、賠償・除染・廃炉に要する費用が従来の想定の約2倍に拡大することを受け、国は東電の事業運営に対する新たな仕組み作りに乗り出した。ならば今後も、福島事業のコストがさらに大幅に増加するなど、想定外の事態が発生した場合でも、国は臨機応変に東電を支援するであろう。投資家がこう予想できる根拠が、東電委員会によって示されたわけだ。新総特の改訂版が示されない段階で発行した東電PG債を、投資家が購入しようと考える背景には、こうした事情がありそうだ。

東電グループは社債市場における責任が問われる

 一部報道によれば、東電グループには、すぐにでも第二、第三の起債計画を進める考えがあるという。しかし、東電グループは社債の残高が減少しているとは言え、日本の事業債市場の約6分の1を占める電力債の中において、2位以下を大きく引き離す最大の社債発行体である。これからも東電グループが長い年月にわたって、社債市場で多額の資金調達を続けることは確実だ。

 だからこそ、東電グループは投資家に対して丁寧な情報開示に基づく説明を果たして行くべきである。それが社債市場における大手発行体の責任であろう。今回の東電PG債が新総特の改訂前に計画されたことはあくまで例外と位置付けて、今後の起債は新しい事業計画策定後のタイミングで、投資家の納得の上で行うことが望ましい。

廣瀬和貞(ひろせ・かずさだ)
アジアエネルギー研究所代表
東京大学法学部卒、日本興業銀行、ムーディーズを経て現職。デューク大学MBA、日本証券アナリスト協会検定会員、経済産業省調査会委員
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