自治体そのものがスタートアップの育成に注力する福岡市。その中心地となる創業支援施設に入居するRegnio(リグニオ)は、製造、流通、小売りなどアナログが基本だったリアル産業をデジタルでアップデートするミッションを掲げる。ハードウエア・ソフトウエア双方に精通した“自然体の経営者”が語る、この地ならではの魅力とは。

モットーは「リアルとデジタルを技術でつなぐ」

 2014年5月、福岡市は国家戦略特区の「グローバル創業・雇用創出特区」に選ばれた。以降、国内屈指のスタートアップシティとして名を馳せる。

 福岡市の人口増加率は凄まじく、2015年の国勢調査では政令指定都市中で最も高い伸びを示した。2013年に推計人口が150万人を突破し、2020年7月には160万人を超えた。つまり、わずか7年で10万人も増えたことになる。

 魅力は、都市機能のコンパクトさにある。福岡空港、博多港、JR博多駅、商業・文化施設が並ぶ天神地区が半径2.5km圏内に集約されている。このぎゅっと詰まった感覚は、東京、大阪、名古屋の3大都市とは一線を画すものだ。古くから「アジアの玄関口」と呼ばれただけあり、海外との交流も盛ん。少し足を伸ばせば志賀島や能古島など豊かな自然を満喫できる。働きやすく住みやすい、それも人びとが集まる大きな理由となっている。

 そんな福岡市が中心となり、地元企業の協力のもと2017年に立ち上げた創業支援施設が「Fukuoka Growth Next(FGN)」だ。天神地区の中心、旧大名小学校の校舎をリノベーションした施設で、スタートアップカフェ、コワーキングスペース、シェアオフィスなどを構える。定期的にピッチコンテストやワークショップ、セミナーなども開催しており、まさに福岡スタートアップの中心地とも言える。

リグニオが入居するスタートアップ施設のFGN。旧大名小学校をそのまま生かした(写真:小口正貴)
リグニオが入居するスタートアップ施設のFGN。旧大名小学校をそのまま生かした(写真:小口正貴)
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 今回紹介するRegnio(リグニオ)は、FGNに入居中のスタートアップ。2017年4月に創業したクアンドから分社・独立する形で、2020年11月に設立されたばかりだ。一言で言えば、リアル産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する会社である。リグニオ代表取締役兼CTOの中野雅俊氏は、独立に至るまでの経緯をこう説明する。

 「もともと私は北九州市の出身。クアンドは小学校と大学で同級生だった下岡(純一郎氏、クアンド代表取締役CEO)と私が共同で設立した会社です。クアンドでは“地域産業をアップデートする”ことを使命に、地域に根ざしたリアルな産業のデジタル化をサポートしてきました。ですが、クアンドが2020年11月に建設業やメンテナンス業の現場向け遠隔コミュニケーションツール『SynQ Remote』をリリースし、自社プロダクトに注力することになりました。そこで受託業務を含めたクライアントをリグニオが引き受け、さらなる技術開発と老舗企業のDXに注力していくことになったのです」(中野氏)

 同社では、「リアルとデジタルを技術でつなぐ」をモットーとする。「日本のGDPの構成比は、製造、流通、小売りなどが多数を占めます。再び日本を世界に冠たる国に押し上げるとなった際に、それらのリアル産業をデジタルの力を使って再強化していく。そこが最も重要だと思います」と中野氏。

 この難題の解決に、自らが歩んできたキャリアが大いに役立っている。九州大学・大学院で超高感度磁気センサーを研究し、卒業後には日本無線で通信システムの開発に従事。その後アビームコンサルティングに転じてデータ分析システムの構築などに携わった。「あらゆるサプライチェーンを対象とするので必ずハードウエアが入ってきますが、ハードウエアとソフトウエアの双方に精通しています。リグニオは一気通貫で上流から下流までサービスを提供できるのが特長です」(中野氏)。

リグニオが提供するサービスのイメージ(出所:リグニオ)
リグニオが提供するサービスのイメージ(出所:リグニオ)
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 リグニオでは3つの事業を柱とする。ひとつめが共同プロダクト開発事業、2つめがDXソリューション事業、そして3つめがDX人材育成事業となる。最初の共同プロダクト開発は、すでに大阪の工作機械メーカーとプロジェクトが進行中だ。

 「工作機械に外付け可能なカメラを設置して、画像データと機械の電気信号を取得。それにより職人による工作機械の制御技術を学習するAI(人工知能)システムを開発しています。提供価値はラインの省人化と現場で働く方々のサポート。さらに独自のFA(ファクトリーオートメーション)コントローラーを実装し、集中管理・監視クラウドシステムによって遠隔操業できないかと検討中です」(中野氏)

 DXソリューション事業では、北九州市に本社を置く釣りのポイントの企業ブランディングを手がけている。それまで一方通行の発信にとどまっていたホームページを一新し、スマホアプリを制作。釣り好きが投稿できるコミュニティ機能、釣り具レビュー、店舗ブログなど「ファンが集うポータルサイト」へと生まれ変わった。「これから始まる第2フェーズでは、釣り具を購入して貯めたポイントと、アプリ内で貯めたポイントを紐付けて、リアルな体験をデジタル化していくつもりです」(中野氏)。

リグニオ代表取締役兼CTOの中野雅俊氏(写真:小口正貴)
リグニオ代表取締役兼CTOの中野雅俊氏(写真:小口正貴)
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 最後のDX人材育成事業はリグニオがクライアントから人材を直接受け入れて、OJTでしっかりと指導するスキームだ。中野氏は「DXに関して自立したチームを作りたいとのオファーが出発点。人材を教育してお返しして、将来的にその会社の柱になってくれればとの思いがあります」と経緯を語る。現在は北九州市の老舗バルブメーカーから2人の若手社員が常駐し、研さんを積む。社内リソースを鑑みると1〜2社、4人ほどが限界だが、2021年の春をめどに教育メニューを本格化する予定だ。

 「ちょうど代替わりのタイミングも重なり、地域の老舗企業、特に中堅どころからのニーズが多いと肌で感じています。これは3つの事業すべてに共通しています。この冬から、西日本では比較的大きな食品メーカーのDXプロジェクトを担当するのですが、生産工程を紙で管理してデジタルデータがほとんどない状態。職人の勘に頼っているためロスも多いので、デジタルによって効率化を図るのが狙いです。経営層はかなりの危機感を感じているようでした。提案書を出してすぐに採用していただけるほどのスピード感でしたから。逆に大手や準大手企業のほうがガチガチで身動きが取れない状況です」(中野氏)