徳島市を拠点にクラウド型タクシー配車システムを全国の中小タクシー会社向けに提供する電脳交通は、大手タクシー会社や鉄道会社、自治体らとMaaS(Mobility as a Service)やIoT関連の実証実験を次々と開始している。めざすのは徳島発、次代のメガベンチャーだ。

零細タクシー会社の跡継ぎから始まった挑戦

 阿波おどり、もしくは鳴門海峡の渦潮。徳島県で思い浮かべるのはさしずめそんなところだろうか。四国と聞くと反射的に遠いと思うかもしれないが、徳島市は東京から飛行機で約1時間30分、玄関口の鳴門市までは神戸から高速道路経由で約1時間20分と非常に地の利が良い場所にある。

 今でこそ徳島市は近隣の高松市(香川県)や松山市(愛媛県)の後塵を拝している印象があるものの、江戸時代には和服に欠かせない藍産業の拠点として栄え、1889年(明治22年)の市町村施行時には全国10位の人口を擁していた。

 しかし、近年は人口減少に悩む。徳島銀行が大阪市の大正銀行と合併し、徳島駅前のランドマークであるそごう徳島店が2020年8月末に閉店を余儀なくされるなど、地域経済の構造も転換期を迎えている。

 電脳交通はこの地で2015年に産声を上げた。今、全国のタクシー業界を中心に、各地の自治体や大手通信企業、交通機関から熱視線を浴びる「IT×タクシーの風雲児」である。代表取締役社長の近藤洋祐氏は、家業である徳島市のタクシー会社「吉野川タクシー」の3代目も務める。先代だった祖父の跡を継いだのが2010年のこと。電脳交通のアイデアは、吉野川タクシーでの修行時代に醸成されたものだ。

電脳交通 代表取締役社長の近藤洋祐氏(写真:小口正貴)
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 「最初はこの業界に入るとはまったく考えていませんでした。ずっと野球に打ち込んでいて、メジャーリーガーをめざして米国に留学していましたが、競争が激しく夢は叶わなかった。米国から戻ってきたタイミングで家族が『もう会社を畳もうかと思っている』と話していたのを聞いて、最初は『困っているなら手伝ってみるか』ぐらいの気持ちでスタートしたのです」(近藤氏)

 いざ飛び込んではみたものの、それまでは野球しか知らなかった。まずは第二種運転免許を取得し、24歳から5年間、タクシードライバーを兼任しながら現場を見て回った。

 「そこでタクシー業界の本当の姿に触れました。街にはおじいちゃんドライバーしかおらず、縄張りを争って喧嘩をしていたりする。高齢化が進んでドライバーが不足し、タクシーの稼働率が下がるという悪循環がありました。一方で、ドライバーを経験するうちに、人びとの生活に近い部分でサービスを提供している実感がわいてきました。生活の中で人を移動させて何かをもたらす。交通事業者は、いろんな体験につながるきっかけを提供しているんだなと」(近藤氏)

 そこから改めて、経営者として会社の再建に向き合い始めた。実体験に基づき、「働き盛りの若いドライバーならば最大限までやる気を出して働ける」との信念のもと、若い人材の採用に努めた。だが、採用広告にかける予算はない。ハローワークの求人票に積み重ねてきたファクトを書き連ね、無料のSNSツールをフル活用して「筋の良い働き方」を発信。タクシー会社のWebサイトすら珍しかった10年前の話だ。こうした新しいアプローチに地元新聞やテレビなどのメディアが注目するようになり、求職者に「刺さる」ようになってきた。

 「2010年当時、ITを活用して営業活動をしているタクシー会社は皆無と言っても過言ではありませんでした。ハローワークで『メディアで話題のITを活用した取り組みをしているタクシー会社です』と紹介されると、若者が興味を抱いてくれたのです。その結果、吉野川タクシーのドライバー平均年齢は40.3歳と業界平均で見てもかなり若いものに。働き盛りの人たちが入社したので、それだけでじわじわとファンがついてきました」(近藤氏)

 人材を強化する傍ら、会社のブランディングに着手した。すべての車両に30カ国語以上の言語に対応する多言語通訳システムを配備し、車両外観もシンプルで品の良いデザインに統一。事業面では、妊産婦向けの快適な送迎サービス「Limo(リモ) マタニティタクシー」がヒットした。

 「少しハイグレードな車両で清潔感とホスピタリティを備えたブランドイメージがあれば安心感が生まれます。吉野川タクシー自体が2016年に経済産業省から『はばたく中小企業300社』に選ばれるなど、タクシー業界でも一目置かれる存在に成長しました」と近藤氏。事実、2010年からの5年間で売上高は1.5倍に増加した。

 だが、近藤氏の挑戦はここでは終わらなかった。「たまたま私は若くて体力があり、未来的な要素を採り入れてモチベーションも高かった。こんな条件がそろうことは珍しい。しかし経営者そのものが高齢化している業界ですから、やれと言われてもできるものではありません」(近藤氏)。そこで自社の再建プロセスでITシステムを活用して生産力を向上した背景をヒントに、全国で横断的に使えるプラットフォームを開発。それがクラウドで一元管理するタクシー配車システムだった。

 「どこの会社も夜中は電話当番を雇う余裕がないんです。私も1人で担当していましたが、体力的にかなり辛い。でも配車業務はどの会社も同じ。それならば我々がシステムを提供して、今ある経営資源の中で地域交通が新しい形で持続できる方法を一緒に探っていきたいと考えました。それが電脳交通の発想の原点です」(近藤氏)