2拠点だからこそコミュニケーションが濃密になる

 酒井氏は「今の時代、こういうストーリーが大事」と語る。例えばサザビーリーグが運営する「AKOMEYA TOKYO」は化粧品の原料としてファーメンステーションのエタノールを指名している。「AKOMEYA TOKYOは米がコンセプトのライフスタイルショップ。お米から出発した事業であることに共感していただき、オファーを受けた」(酒井氏)。

 ファーメンステーションは奥州市の仲間たちと「マイムマイム奥州」という民間非営利団体を結成しており、奥州体験ツアーを展開。エタノールの製造工程や米の栽培風景の見学を通して、循環型経済を肌で感じてもらうよう努めている。

マイムマイム奥州の面々。地元農家や農家民泊のメンバーが名を連ねる
マイムマイム奥州の面々。地元農家や農家民泊のメンバーが名を連ねる
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 またSDGsやESG投資の観点から、ここ数年で大手企業からの協業依頼が一気に増えた。「大企業がサステナブルの文脈で新たな事業を考える際、当社のように技術力と製造力を備えていれば必ず手に取るところまで落とし込める。未利用資源を別の新たな価値あるものに変換し、製品にして世に出せるのが強み」(酒井氏)。JR東日本との協業では青森県産のリンゴのしぼりかすから抽出したエタノールを商品化した。

 冒頭で述べたように、酒井氏は月に数回の頻度で奥州市に足を運ぶ「2拠点スタイル」で働く。奥州市のラボは地元出身の3~4人の若いスタッフが中心で、和気あいあいと触れ合っている。

「新型コロナウイルスの影響でようやくリモートワークが注目されているが、このスタイルに慣れてしまったので違和感はない。今回の騒ぎでBCP(事業継続計画)の面からも2拠点は効果があると改めて感じた。岩手はありがたいことに正常稼働している。その代わり、毎朝ビデオ会議を行い、1日中チャットができるようにスタンバイしている。むしろ同じフロアで机を並べている人よりも濃密にコミュニケーションを取っているのではないか」(酒井氏)

 酒井氏は東京23区以外に住んだことがなく、「東京タワーを見るとほっとする」ほどの東京ネイティブだ。そんな都会っ子が田舎に飛び込んで苦労したことがなかったのかを問うと、「難しさは感じたことがない」との答えが返ってきた。

 「地方創生がどうとか、田舎のためにどうとかを考えたことはあまりない。楽しんで事業を続けていたら結果的に地域に人が集まるようになった。『ああ、良かったな』という感じ(笑)。新しい土地で何かを始める場合、縁はすごく重要。自分で言うのも何だが、引きが強いタイプ。然るべきタイミングで然るべき人たちに出会えたことが大きい」(酒井氏)

 こうした姿勢だからこそ、難なく地域に溶け込むことができたのだろう。すべてが自然体のように思えるが、起業に関しては「人に何と言われようと、自分で市場を作るぐらいの覚悟で臨んでほしい」とのアドバイスがあった。

 「実証実験を始めた頃、2020年のビジョンを文章化したことがあり、先日読み返してみたら全く軸がブレていなかった。世の中にあふれている未利用資源を使い、技術の力で循環型社会を作る。その根本はずっと変わらない。常に根本を理解していたほうが、困ったときにもへこたれずに済む」(酒井氏)

 本連載では初となった「遠隔で地方を支えるベンチャー」だが、ビジョンがしっかりしていれば拠点が離れていても問題はない──。そう納得させられる事例となった。