新潟県の魚沼市、南魚沼市、十日町市、湯沢市、津南町、長野県栄村、群馬県みなかみ町の3県7市町村が加入する「雪国観光圏」は、北陸新幹線の金沢延伸に危機感を抱き発足した。11年かけて雪国文化という言葉が地元に浸透し、広く使われるようになってきた。雪深いこの地でブランディングを成功させた秘訣とは。

 いまから11年前の2008年、観光庁の肝いりで始まった「観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する法律」(観光圏整備法)。高まる訪日外国人旅行(インバウンド)需要の受け皿や国内旅行の掘り起こしを目指し、ゴールデンルート以外の観光圏を広域整備することで、戦略的・一体的な観光地を生み出す施策として注目された。

 一時は全国で40以上あった観光圏だが、2019年9月現在は13にまで落ち着いている。そんな中、新潟県・長野県・群馬県の豪雪地帯にまたがる「雪国観光圏」は2008年から活動を継続してきた老舗だ。加入する自治体は、新潟県の魚沼市、南魚沼市、十日町市、湯沢市、津南町、長野県栄村、群馬県みなかみ町の3県7市町村である。

 雪深いこの地でブランディングを成功させた秘訣は何か。そこには、地域に根を張った熱いマインドと人間たちのネットワークがあった。雪国観光圏のキーパーソン2人に話を聞いた。

白い世界で交わった“土の人”と“風の人”

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」──。あまりにも有名な川端康成の小説『雪国』の一節だ。この小説の舞台が新潟県湯沢町であることを知る人は多いに違いない。

 一般社団法人 雪国観光圏は上越新幹線の越後湯沢駅前に事務所を構える。代表理事の井口智裕氏は、越後湯沢駅前の温泉旅館「HATAGO井仙」の4代目社長であり、旅館に限らず彼の地でレストランや物産ショップを手がける敏腕経営者でもある。

井口氏(左)とフジノ氏(写真:小口正貴)

 上越新幹線が開通して以来、越後湯沢のアドバンテージは東京駅から80分という近さにあった。しかし2008年、雪国観光圏を立ち上げた井口氏は危機感に突き動かされていた。2015年には新幹線が金沢まで延伸し、高崎から長野経由で北陸方面へと観光客が流れてしまう。設立の経緯を、井口氏はこう振り返る。

越後湯沢駅前にある雪国観光圏の事務所(写真:小口正貴)

 「それまで私は湯沢温泉の旅館の跡取りとして、湯沢町単体ではいろんなイベントや取り組みをしてきましたが、これから交通の利便性だけに頼って越後湯沢のみに投資しても、金沢をはじめとするほかの強力な観光地に勝てるのかと疑問に思ったんです。そこで出てきたのが、湯沢町単体ではなく周辺市町村がまとまった形で1つのエリアを作ろうという発想。これが雪国観光圏の原点です。

 ちょうどその頃、観光圏整備法が立ち上がった。観光庁の人たちに話を聞くと彼らも同じ発想でした。これから海外のお客さんが増えたとき、1つの拠点を足がかりに2泊、3泊しながら周辺エリアを観光するようになるだろうと。そして、ドイツのロマンチック街道のようなイメージと言われて納得したんです。地図上にロマンチック街道は存在しないけれども、人びとはすぐに古城や美しい森を想像しますよね。7市町村を象徴する言葉が何かを考えたとき、“雪国”がぴったりだったわけです」(井口氏)

 井口氏の根本にあるのは、“雪は決してハンデではない”との強い思いだ。この地には8000年前の縄文時代から悠久の歴史を重ね、雪とともに生きてきた人びとの知恵が宿っている。「私たちの祖先はハンデをプラスに変えながら、米作り、酒造り、織物文化を育ててきました。とかく雪は厄介者として扱われがちですが、雪を乗り越えて“いいモノづくりをしよう”とのDNAが息づいている。このポジティブな精神を、未来へとつながる地域のブランディングに生かせるのではないかと」(井口氏)。

HATAGO井仙の1Fにある物産ショップ(写真:小口正貴)

 推進するにあたり、井口氏は新たな知己を得た。雪国観光圏でブランドマネージャーを務めるフジノケン氏がその人だ。大手広告代理店で長くクリエイティブディレクターを務めた後、2007年に夫人の実家がある津南町へIターン(フジノ氏自身は岐阜県の出身)。井口氏が、津南町役場の職員から面白い人がいると紹介されたのが始まりだ。

 「最初に私が提案したキャッチコピーが『こころ、真っ白』。この地域の価値は東京から近いことではなく、おいしい米や酒がたくさんあるというだけでもない。白に閉ざされた無の空間を訪れて、心をリセットすることが本質なのではないかと思いました。その後、地元の学芸員らを集めてワーキンググループを開き、1年間みっちりと『雪国文化とは何か』を討論しました。この試みからたくさんの雪国文化があぶり出されてきた。その成果がいまの『真白き世界に隠された知恵と出会う』のコンセプトにつながっています」(フジノ氏)

 方向性が定まってからは旧来の全方位型をやめ、雪国文化に特化したPRを進めてきた。フリーペーパーの内容を雪国文化に根差し、ブランドを前面に出したストーリー構成に変更。“雪旅”の名のもと、「縄文女子旅」「秘境秋山郷温泉タクシー」「ローカルガストロノミー(地方食文化の体験)」などの体験ツアーをプロデュースする。さらには南魚沼市で『自遊人』を主宰する岩佐十良氏が手がける「雪国A級グルメ(AG304)」とも連携。地元の豊潤な食材を使った雪国観光圏内の旅館、レストラン、土産物店などが認証を受け、食の魅力を発信している。

「地方創生って、外部からコンサルタントを連れてきて、補助金があるうちにITやら何やらの施策を立て続けにやっておしまいのパターンが多いじゃないですか。確かに、田舎にない新しい種を植えて育てることも重要なのかもしれません。でも本当はもっとシンプルに、ちゃんとこの地に根付くものを植えて育てたほうがいいに決まってるんです。

 私たちは時間をかけて、当たり前のものを植えてきました。その過程で“思考と試行”を繰り返してきたのも事実です。いずれにしろ、私のように土地で生まれ育った“土の人”と、フジノさんのように志の高い“風の人”がハイタッチできる環境だったのは幸運でした。私たち土の人の中に、風の人の風を浴びて立ち上がろうという人がたくさんいましたから。やっぱり人のつながりと、何と何を組み合わせれば効果的なのかを判断する目利きはすごく重要なんです」(井口氏)

──記事冒頭の写真:越後湯沢駅から足を運べる、清津峡渓谷トンネルの「パノラマステーション」 original image: tenjou / stock.adobe.com