盛岡市の「セルスペクト」は社員数が50人に満たないバイオベンチャーながら、2020年から新型コロナウイルス感染症関連の検査薬やソリューションを矢継ぎ早にリリースして注目されている。歩みを止めない企業の姿勢と、ロストジェネレーションのど真ん中を生き抜いてきた創業者のユニークネスに迫る。

工学と医学のバックグラウンドが強み

 盛岡市に、波に乗るバイオベンチャーがある。それが、今回紹介するセルスペクトだ。

 2020年、同社は新型コロナウイルス感染症関連のソリューションで飛躍的にその名を上げた。同年4月の研究機関向け抗体検出キットを皮切りに、続々と検査キットを発売。12月には岩手県矢巾町に本部のあるドラッグストアチェーン、薬王堂の協力のもとでPCR検査サンプリングキットの提供を開始し、2021年4月には郵送対応に切り替えて全国展開を図った。並行して、行政からのPCR検査受託事業も行う。

体外診断用医薬品 クラスIIIを取得した抗原検査キット(写真:小口正貴)
体外診断用医薬品 クラスIIIを取得した抗原検査キット(写真:小口正貴)
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 さらに、迅速かつ簡便にウイルス検査が可能な抗原検査キットを開発し、「体外診断用医薬品 クラスIII」を取得。厚生労働省のお墨付きを得て、企業や一般向けの販売を開始する。それ以外にも、少量の血液でウイルスへの抗体検査が可能なキットをリリースするなど、怒濤の勢いでプロダクトを世に出している。

抗体検出キット(イムノクロマトグラフィー)。血液を垂らして抗体量を計測する。目的はあくまでも新型コロナウイルス抗体に関する調査・研究(写真:小口正貴)
抗体検出キット(イムノクロマトグラフィー)。血液を垂らして抗体量を計測する。目的はあくまでも新型コロナウイルス抗体に関する調査・研究(写真:小口正貴)
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 代表取締役を務める岩渕拓也氏は岩手県南部に位置する、東京方面からの玄関口となる一関市の出身。彼の歩んできた道のりはなかなかユニークだ。高専を卒業後、大学院に進学して材料工学を学び、その後、慶應義塾大学医学部総合医科学研究センターに特別研究教員として赴任。ここで体外診断薬メーカーとの研究開発などを重ね、2010年に最初の会社であるメタロジェニクスを起業した。

 千葉市に本社を構えたメタロジェニクスは、試薬事業で医薬品メーカーとライセンスを結ぶなど一定の成果を収めた。しかし特化した市場に限界を感じた岩渕氏は、地元の岩手県で医療機器産業が盛り上がっていることに着目し、Uターンを決意する。

 「『いわて医療機器事業化研究会』という勉強会があることは知っていました。次は検査装置を作りたいと考えていたので参加したところ、地場の機器メーカーも乗り気だったんです。そこから意気投合し、2014年にセルスペクトを起業しました」(岩渕氏)

セルスペクト代表取締役の岩渕拓也氏(写真:小口正貴)
セルスペクト代表取締役の岩渕拓也氏(写真:小口正貴)
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 さっそく盛岡市に拠点を置く医療機器メーカー、アイカムス・ラボ代表の片野圭二氏を社外取締役に迎え、POCT(Point Of Care Testing:臨床現場での即時検査)装置の開発に着手。検査室以外の場所で検査するPOCTは、米国で糖尿病や感染症検査を中心に広く用いられている。

 セルスペクトが完成させたPOCT装置は、米粒大の血液を採取してチップの上にのせるだけで血糖値、脂質、肝機能に関わる数値を数分で計測できる仕組みだ。そこに試薬事業で培った知見を融合し、街中で了承を得て採取した健康データを収集・販売するビジネスモデルを考案。薬王堂とタッグを組み、2018年夏から実証実験に乗り出した。岩渕氏は「体験したい人が列を成した」と振り返る。

行政からの新型コロナウイルスのPCR検査も受託している(写真:小口正貴)
行政からの新型コロナウイルスのPCR検査も受託している(写真:小口正貴)
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 その動きは大きな注目を集め、2019年10月にはサウジアラビアの商社であるアブドゥル・ラティフ・ジャミール社の日本法人、ジャミール商事と業務資本提携を締結。同年までに新規株式発行を通じて総額24億円もの資金を調達した。

 しかし、まさにこれからというタイミングで新型コロナウイルス感染症が大流行。ここで方針転換を迫られることになる。