地方創生などおこがましい、地方は決して死んでいない

 今では酪農・畜産業界に精通する下村氏だが、以前は東京の広告代理店で働いていた。創業者の小林氏も祖父が農業経営者だった背景はあるものの、前述したようにIT業界出身。そんな彼らが酪農・畜産にITツールで楔を打ち込んだのは、ある種痛快な話だ。

 「小林と私は、全国各地の生産者と顔を合わせ、話を聞いてきました。それこそ数百戸の段階までは一緒に駆け回っていましたから。私自身は今も変わらず、来週も30戸ほどの生産者を訪ねる予定です。大事にしているのは、生産者のペルソナに深く入り込むこと。ビジネスライクになるのではなく、経営の悩み、実現したいライフスタイル、趣味は何かなどをひたすらインプットしてきました。それに対してどのようなアウトプットを提供できるかをずっと考えていたのがこの6年間だったと思います」(下村氏)

以前はカフェだったというファームノートの帯広本社(写真:小口正貴)

 ファームノートでは入社後、牧場研修が慣例となっている。まだプロダクトが完成する前に入社した下村氏は牧場に3カ月間通い、就農経験を積んだと話す。社員の半数はエンジニアだが、現場目線で考える姿勢は当時から一貫している。

 「なぜ帯広市が本社なのか。それは我々の顧客が生産者だからです。弊社は“つなげる”をビジョンに掲げており、つながりの中から新たなイノベーションを起こしていくことをめざしています。もし東京にいたら、北海道や十勝地方の人と本質的なつながりを持つことはできません。だからこそ、生産者の近くで寄り添うことが最も大切なのです」(下村氏)

 だが、ファームノートは“地域貢献”や“地方創生”は重視していない。地方には地方の文化があり、そこに根付いた産業やコミュニティによって経済が循環している様を目の当たりにしているからだ。実際、Farmnoteのファーストユーザーは道東に位置する中標津町の若い生産者たちだった。「彼らは感度が高く、先進的です。土地の強みを生かしたい、その思いがある人たちがやりたいことを見つけている。地方は決して死んでいません」(下村氏)。

 これぞ、地方に生きる人たちの矜持と言えるだろう。