和歌山市を拠点に、電動ハイブリッドバイクの製造・販売を手掛けるglafit(グラフィット)。波乱万丈の道のりを歩んできた若者が大企業と対等に渡り合い、次世代モビリティの先駆者になろうとしている。そのユニークなキャラクターに迫った。

野武士のようなたくましさを持つ若き経営者

 和歌山県和歌山市に、元気なハードウエアスタートアップがある。それが電動ハイブリッドバイク「GFRシリーズ」を製造・販売するglafit(グラフィット)である。「GFR」(Glafit Fun Rideの略)はハイブリッドの名が示す通り“自転車+バイク”がコンセプトで、自転車でのペダル走行モード、電動でのEV走行モードが可能。さらにコンパクトに折り畳めるのが特徴だ。2017年の初号機「ハイブリッドバイク GFR-01」(以下、GFR-01)をアップデートした2号機「ハイブリッドバイク GFR-02」(以下、GFR-02)を発表済みで、2021年の発売を予定している。

 GFR-02には、新機構「モビチェン(Mobility Category Changer)」を後づけできる。これはペダル走行モードで電源をカットしてナンバープレートを隠し、EV走行モードで通電によりナンバープレートが見えるようにする仕組み。この結果、「バイクの電源をOFFにし、 ナンバープレートを覆った時は道路交通法上、普通自転車」としての取り扱いが認められた。2019年11月から3ヵ月間にわたり和歌山市と共同で実施してきた規制のサンドボックス制度活用による実証実験の成果だ。つまり、公道における走行自由度がぐんと高まることになる。

 開発中となる「LOM」(Last One Mileの略)は、GFR-02以上にコンパクトな立ち乗り型スクーター。電動キックボードをイメージするとわかりやすいだろう。1〜2kmのちょい乗りを意識している。こちらも折り畳み式で、スマホの走行アシストアプリとの連動機能を備える。

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左は発売間近のGFR-02(撮影:小口正貴)、右はLOMの走行イメージ(出所:glafit)

 GFR-02、LOMのいずれも、コロナ禍の状況でニーズの高まるパーソナルモビリティの急先鋒として注目を集める。初号機のGFR-01、LOMはクラウドファンディングの「Makuake」を利用して資金を調達したが、双方ともに1億円を突破した。Makuakeのプロジェクトで単独企業が連続で1億円を超えるのは初めてのケースとなる。

 製品の価格(税込)は、GFR-01が15万2,680円、GFR-02が19万8,000円、Makuakeの超早割を適用したLOMが10万5,000円からだ。

 思えばバイクメーカーのホンダもスズキも自転車にエンジンをつけることから始まった。どちらも「これができたらみんなが喜ぶ」「好きな釣りに行くのに、自転車にエンジンがついていたら楽だな」というシンプルな思いが原点だ。ホンダとスズキの登場から約70年を経て、和歌山の地から次世代モビリティの狼煙が上がったわけだが、込められた思いは同じだという。glafit代表取締役CEOの鳴海禎造氏は「自分が乗りたい面白い乗り物を作りたい」との欲求からGFRの開発に着手した。

 glafitの設立は2017年9月。これだけを見るとスタートアップに違いないが、鳴海氏が歩んできた道のりは強烈だ。現在40歳の彼は、高校生のときに洋服の個人売買を始め、その後、自作パソコンの組み立て・個人売買へとシフト。大学入学後は自動車にのめり込み、折よく始まった「Yahoo!オークション(現ヤフオク!)」を利用して自動車のパーツを販売するようになった。

glafit代表取締役CEOの鳴海禎造氏(撮影:小口正貴)
glafit代表取締役CEOの鳴海禎造氏(撮影:小口正貴)
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 このパーツ販売で稼いだ資金に銀行からの借り入れを加え、現在も本社を構える和歌山市出島の一画に土地を購入。大学卒業後の2003年に個人事業として自動車販売ショップのRMガレージを創業した。2007年には自動車の輸出入、販売などを手がけるFINE TRADING JAPAN(ファイントレーディングジャパン)へと発展し、翌2008年に法人化。glafitはもともと、FINE TRADING JAPANの社内プロジェクトとして2015年にスタートしたものだ。

 要するに鳴海氏は一度も宮仕えをしたことがない、裸一貫で生きてきた人なのである。昨今のスタートアップに見られる「有名大学卒→大企業や大手コンサル会社でノウハウ吸収→周到な準備のもとに起業→ピッチで頭角を現してVCから資金を調達」といったスマートさは無縁で、泥臭く道を切り開いてきた。起業後の数年間は資金繰りに悩み、FINE TRADING JAPAN設立直後にはリーマンショックの影響をまともに受けるなど苦労の連続だったそうだが、そのつど溢れるバイタリティで危機を乗り切った。

倉庫を併設するglafit本社(撮影:小口正貴)
倉庫を併設するglafit本社(撮影:小口正貴)
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 だが、そんな野武士のような鳴海氏に転機が訪れる。

 「生きるか死ぬかといった時代を経て少し余裕が出てきた頃、尊敬する先輩経営者に『今のままでいいのか。この本を読んでみろ』と薦められました。それがフォーバル創業者の大久保秀夫さんの本でした。大久保さんは孫(正義)さんと一緒に通信業界に革命を起こした人物。当時の奮闘記が心に刺さり、大久保さんが主催する経営者養成講座(大久保秀夫塾)に入って手取り足取り3年間、経営を学ばせてもらったんです。

 後期日程では、パラダイムシフトの思考法を徹底的に叩き込まれました。任天堂が花札やトランプからファミコンのメーカーになり、ブリヂストンが地下足袋からタイヤメーカーへと変貌を遂げたように、次の一手を生み出して、どうやって100年企業につなげていくかという模擬課題を出されて。

 考え抜いて出てきた答えが、“和歌山から世界へ羽ばたくモビリティメーカーになること”でした。僕の中では21世紀のホンダのようなイメージ。最終的には四輪車を作りたいし、その目標は今でも変わっていない。でも、ゼロからいきなり四輪車は無理なことはわかっていたので、二輪車から始めることにしたのです。かつてのホンダやスズキがそうだったように」(鳴海氏)

 事業の中でオリジナルの自動車用品を販売してきたとはいえ、実際の乗り物を作るとなれば別次元の話になってくる。ここで尽力したのが、福山圭吾氏と古岡睦章氏(取締役CTO)の開発担当者だ。2人は縁あって鳴海氏と知り合い、一緒に15年以上仕事を続けてきたが、そもそもは車のカスタム専門店でワン&オンリーのカスタムカーを手掛けており、ものづくりに精通していた。「glad+fitの造語から成るglafit、GFR、LOMのネーミングも、電動ハイブリッドバイクのアイディアも2人が考えたもの。彼らの功績を抜きにしては語れません」(鳴海氏)。こうして2015年から、社内制手工業よろしくGFRの開発が始まった。

開発担当者の福山氏(左)と開発責任者の古岡氏(出所:glafit)
開発担当者の福山氏(左)と開発責任者の古岡氏(出所:glafit)
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