こんにちは。PANTSの滝口です。PANTSはふだん、ゲーム開発をしたり、商品やイベントをつくっています。この連載のタイトルは「思考のタガの外し方」。

まちおこしはそのまち独自の魅力を掘り起こすこと。だから、他のまちのやり方を真似しても仕方がない。むしろ、「普通こうするよね」のタガを外して考えた方がいいのではないか。

今回は香川県琴平町の小さなバス会社・琴平バス株式会社が始めた世界初のオンラインバスツアー。バスツアーをオンライン化して面白いんだろうか? と心配だったが、それは杞憂だった。それどころか、まったく新しい体験をした感覚さえある。なぜなのか。

琴平バスのプランナーで添乗員の山本紗希さん、社長の楠木泰二朗さんに話を伺いながら考察した。

前編の「コトバスツアー体験編」はこちら

こちらが琴平バス社長の楠木泰二朗さん。

※撮影時だけ、マスクを外していただきました

「オンラインバスツアーより実際のバスツアーの方がやっぱりいいでしょ、と言われることが多いんです。でも、実はまったく別物なんですよね」

バスツアーというフォーマットになぞらえて組み立てられてはいるが、体験した印象はたしかに別物だった。

琴平バスのオンラインバスツアーの魅力を整理すると、大きく6つほどあるように感じる。

(1) ごっこ遊びに誘う工夫
(2) 人と触れ合える
(3) 現地の人の素が垣間見える
(4) 集中力を途切れさせない体験設計
(5) 個人旅行ではできない体験
(6) みんなの中の一人

(1) ごっこ遊びに誘う工夫

オンラインバスツアーは言わば「バスツアーごっこ」。参加者が能動的に楽しもうとする姿勢が必要である。(こんなのウソでしょ)と思いながら参加するごっこ遊びほどつまらないものはない。

参加者に能動的になってもらうために、いくつもの工夫がされている。その象徴的なものがシートベルトだ。

これは筆者がオンラインバスツアーを体験しているときの写真だが、客観的に見るとどう考えてもおかしい。シートベルトと書いてあるただの紙を斜めがけしているだけだ。当然だがシートベルトとしての機能はない。そもそもシートベルト機能なんて必要ないシチュエーション。

だが、このシートベルトをすることでオンラインバスツアーというごっこ遊びに参加しているんだ、と意識づけられる。

さらに添乗員の山本さんはごっこ遊びのしかけをいくつも繰り出す。

「今日は全部で1時間30分のツアーです。道路状況によって多少前後することがありますが、ご了承ください」

「このバスはお手洗いが付いてないので、事前にお手洗いは済ませてご参加ください」

「もしかしたら、急ブレーキがかかることがあるかもしれません。急ブレーキがかかって、音が聞こえない、画像が見えないなどありましたら、×印をしてお知らせください」

全部ごっこ遊びである。参加者も当然それをわかっているから、能動的に楽しもうと受け入れていく。この「能動的」というのが重要だ。

筆者が学生時代に体験したバスツアーでは、気持ちがどこか受動的だった。添乗員さんやバスガイドさんに楽しませてもらおうとするスタンス。どれだけ珍しいものや変わったものを見せてくれるの? という構え。

オンラインバスツアーでは、参加者がそんな姿勢では成り立たない。積極的にチャットでツッコんだり、質問したり、クイズに答えたり、黙々とミニバッグづくりをしたり。どれも能動的に動かないと楽しめないことばかりだ。

山本さん「楽しもうとしなければ、まったく楽しめないのがオンラインバスツアーなんです。お客さんがこっち側に来てくれないと。そのためのツールの一つがこのシートベルトなんですよね」

(2) 人と触れ合える

オンラインバスツアーでは、メンバーの人柄がZoomごしに伝わってきた。

町長なのに口がちょっと悪くてお茶目な片岡さん。

職人気質でぶっきらぼうだが町長と仲良くじゃれ合う大野さん。

ちょっとSっ気があるプランナーで添乗員のさきちゃん。

マジメで健気(けなげ)で食いしん坊な現地ガイド八木ちゃん。

ツアー終了後、八木ちゃんによる追加のまち案内があったが、そこで八木ちゃんは「もうお腹が空いたので」と言ってコロッケを買い食いしていた。

お昼どきだったので、うらやましがるお客さんたちを横目にコロッケの美味しさを自慢していた。

Zoomだと画面に一度に登場できるのは一人か二人。ちゃんと声が届くように意識して話す。質問があれば、チャットで送ると確実にリアクションしてもらえる。けれど、実際のバスツアーだと大勢で押しかけるので係の方と距離ができて、説明がよく聞こえないことがある。まぁいいや、と聞くこと自体をあきらめてしまう。

オンラインだと画面の向こうとこちらでお互いに、ちゃんと話そう・ちゃんと聞こう、という姿勢が生まれるから、より触れ合った印象が残るのだろう。