酒は人を結び、まちを元気にする。酒場案内人の塩見なゆさんが、酒をテーマににぎわう各地のまちを訪ねます。今回は埼玉県秩父市。地元出身の社長が立ち上げたベンチャーウイスキーは、世界に冠たる「イチローズモルト」を生み出しました。その名声はウイスキーづくりにとどまらず、秩父の観光資源としても大きな役割を担っています。

 お酒に興味を持つ人ならば、「イチローズモルト」の名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。東京から約100キロメートル離れた埼玉県秩父市にあるベンチャーウイスキーの秩父蒸留所でつくられています。

 同社は今、世界のウイスキーファンから高い評価を受けています。2019年3月に英国・ロンドンで開催されたウイスキー品評会「ワールド・ウイスキー・アワード2019」において、「イチローズモルト&グレーン ジャパニーズブレンデッドウイスキー リミテッドエディション2019」が世界最高賞を受賞。同社のウイスキーは3年連続で世界最高賞を受賞しています。

 また2019年8月には香港で開かれた競売で、ベンチャーウイスキーが手掛けたウイスキー54本セットが719万2000香港ドル(約9750万円)で落札されるというニュースが流れるなど、ジャパニーズウイスキーに対する世界的な関心が広がっています。

 世界に秩父の名を広めたベンチャーウイスキーは、一体どのような場所でつくられ、まちにどのような影響を与えているのか──。現地で取材しました。

ベンチャーウイスキーの秩父蒸留所。秩父山地を眺める小高い丘に建つ(写真:塩見なゆ)
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 池袋駅から西武池袋線・秩父線の特急列車に揺られること1時間20分。秩父神社を中心とした人口約6万3000人のまち、秩父に着きました。

 武甲山で採掘される石灰石が主要な産業のひとつ。秩父夜祭に代表される祭りのまちとしても知られています。西武線の終着、西武秩父駅から秩父蒸留所は、路線バスで約30分。みどりが丘という丘陵地帯にあります。

ベンチャーウイスキー代表取締役社長の肥土伊知郎さん(写真:塩見なゆ)
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 ウイスキー「イチローズモルト」の商品名は、ベンチャーウイスキーを立ち上げた社長の肥土伊知郎さんの名前が由来です。

 肥土さんは秩父の出身です。大手酒類メーカーに勤めてから、実家の酒造会社へ入社。その後、2004年9月に秩父にベンチャーウイスキーを設立しました。

 秩父を選んだ理由を、肥土さんは「やはり故郷だから」と言います。蒸留所を新たに建てるにあたっては、地域の理解が必要です。故郷である秩父ということから、多くの人々に応援してもらうことができたそうです。秩父は昔から日本酒づくりが行われていた場所で、新たな酒類企業の誕生を受け入れてくれる風土もあったと話します。

 ウイスキーに限らず、お酒の製造には大量の水が要ります。商品の仕込みに使うだけでなく、冷却や設備の洗浄にも水は欠かせません。山々に囲まれ、水が豊かな地であることがウイスキーづくりに適しています。