酒は人を結び、まちを元気にする。酒場案内人の塩見なゆさんが、酒をテーマににぎわう各地のまちを訪ねます。今回は、国内初の大規模ワイン醸造所として、神谷傳兵衛(かみや でんべえ)が1903年に建設した「牛久シャトー」(茨城県牛久市)。近代日本の酒造の歴史を語る上で欠かせないこの施設が、事業存続の危機を迎えていました。

 牛久シャトー創設者の神谷傳兵衛は、お酒好きの間ではリキュール「電気ブラン」の生みの親として知られています。日本初の本格ワイン醸造や民間初のアルコール製造など、お酒に関わるさまざまな歴史を刻んできた人でもあります。

時計塔が印象的な牛久シャトー本館(写真:塩見なゆ)
時計塔が印象的な牛久シャトー本館(写真:塩見なゆ)
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 シャトーカミヤとも呼ばれていた同施設は、フランスのワイン醸造所につけられる「シャトー」を名乗り、文字通りヨーロッパのお城のような建物です。広大な敷地を持ち、ブドウの栽培から醸造、瓶詰めまでを一貫して行ってきました。

 牛久シャトーを中心に広がっていたブドウ畑の多くは戦後、住宅街になったものの、それでもなお約6万m2ある敷地内にはブドウ畑が残され、少量ながらワインの生産も行われてきました。同時に、明治時代に建てられた建築物などを活用し、レストランやミュージアムなどを含む観光施設としても親しまれてきました。旧醸造場施設3棟は2008年に国の重要文化財に指定されています。

 レトロで非日常的な施設の雰囲気と、国内外のこだわりのワインや敷地内で製造するクラフトビールが美味しいと評判でした。筆者も毎年ワイン祭りの時期に訪ねていたのですが、なんと2018年末をもって見学施設などを除き、施設を運営していた酒類大手のオエノングループによる営業が終了することになってしまいました。

 しかし、牛久シャトーの復活を望む声が牛久市民を中心に多く集まりました。そうした要望に応える形で牛久市が約100%を出資し新たに運営会社を立ち上げ、レストランやワイナリーなどを再開することが決定。2020年の春に向けて再開の準備を進めていました。

 いよいよ営業を始めるというときに、世界的に新型コロナウイルス感染症の脅威が広がり、同社の事業を直撃しました。

 ようやく2020年6月にオープンするも、一部のレストランと土産店の再開にとどまり、大半の施設がいまだ本格稼働できない状態となっています。それでも、日本の酒造の歴史に重要な施設であり、牛久市民の憩いの場でもある牛久シャトーを「以前のようなにぎわいのある場所にしたい」と奮闘する牛久シャトー社長の川口孝太郎さんに話を伺いました。

牛久シャトー社長の川口孝太郎さん(写真:塩見なゆ)
牛久シャトー社長の川口孝太郎さん(写真:塩見なゆ)
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