酒は人を結び、まちを元気にする。酒場案内人の塩見なゆさんが、酒をテーマににぎわう各地のまちを訪ねます。今回は岩手県遠野市。ビールの主原料となる「ホップ」の栽培面積が全国1位のまちです。農業法人「BEER EXPERIENCE」に、これまでの取り組みや新型コロナウイルス禍の影響などを聞きました。

 岩手県内陸部の街、遠野市。カッパ伝説や座敷わらしなどが登場する民話の里として知られていますが、実は半世紀以上にわたりビールの主原料となる「ホップ」を生産してきた地域でもあります。栽培面積はなんと全国1位。遠野で収穫されたホップは、私たちが日常的に飲む機会がある大手ビール4社のうちの1社、キリンビールが製造する「一番搾り とれたてホップ生ビール」などにも使われています。

 日本一のホップ生産地である遠野ですが、近年は少子高齢化や担い手の減少により、生産量は最盛期の6分の1まで減少しています。一方で近年、ビールは嗜好の多様化からクラフトビールを筆頭にさまざまな銘柄が登場し、それに伴い味に個性を出すホップの重要性も増しています。このような状況から、遠野産ホップの魅力を地域とともに発信する活動が盛んに行われています。

 ホップが輝くことで、生産に携わる人々は増えます。ホップがあればビール醸造家がビールづくりをはじめるきっかけになります。まちにビール好きが集まれば、観光振興につながります。遠野はいま、ホップから始まったビールによるまちおこしが進行中です。この最新の取り組みを取材しました。

BEER EXPERIENCEの山田月乃さん(写真:BEER EXPERIENCE)
BEER EXPERIENCEの山田月乃さん(写真:BEER EXPERIENCE)
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 まちおこしの中心的な役割を担う企業は、キリンビールと農林中央金庫が出資し、2018年に設立した農業法人「BEER EXPERIENCE(BE社)」です。BE社は遠野のホップ農家とともに遠野ホップ農業協同組合に所属し、ホップを生産しています。キリンビールは遠野ホップ農業協同組合を通じ、すべてのホップを買い取ることになっています。また、キリンビールは自社での使用だけでなく、クラフトブルワリーにもホップを外販しています。

 広報担当の山田月乃さんに、BE社の取り組みについて伺いました。

ホップの本場、ドイツへ

塩見「BE社自身も農業法人ということでホップを中心に生産に取り組んでいらっしゃるそうですね。どのような課題がありましたか」

山田さん「これまでの農法ではどうしても収量に限りがあり、手間もかかってしまいます。もっと栽培方法を効率化させ、1人当たりの栽培面積を増やすことで儲かる農業を実現できなければ、将来の後継者不足はさらに深刻化してしまうと考えています」

塩見「その課題の答えを探すため、BE社はホップの本場、ドイツへ行かれたのですね」

山田さん「ドイツにはホップミュージアムというホップの歴史を伝える施設があるほど、ホップが身近な作物として定着しています。視察に行ったメンバーがミュージアムの人に見せてもらった写真には、クワを使ったホップ栽培方法が写っていたのですが、それはドイツで40年前に行われていた様子でした。そして、その栽培方法はいま日本で行っているものと同じでした。その事実に衝撃を覚え、『遠野でもドイツ式の農法を取り入れ、もっと多くの人がホップ栽培に興味を持てるような持続可能な農業をめざそう!』ということになり、日本ではまだ新しかった栽培方法を始めることを決意しました」

塩見「ドイツ式農法の導入には専用の農作業の機械や設備などが必要です。たくさんの初期投資がかかったのではないでしょうか」

山田さん「農業法人として出資を募ることで、挑戦を始めました。2019年はドイツから専用の機械を輸入したりホップ栽培の設備を整えたりするのに時間がかかって苗植えの時期が遅れ、試験的な栽培に終わってしまいましたが、今年(2020年)は本格的に稼働する予定です。また初期投資の問題に加え、ドイツ式の栽培方法が、実際に日本の土壌や遠野のホップの品種に適合するのかなどを今後確かめていく必要もあります。そのため、従来通りの農法の継続や、新たな品種の栽培も並行して行っています。将来的に、ドイツ式の栽培方法が日本の土地でも生かせることがわかれば、他の農家の方とも知見をシェアしながら、日本産ホップの可能性を広めていきたいと考えています」

ドイツ式農法を導入したホップ畑(写真:BEER EXPERIENCE)
ドイツ式農法を導入したホップ畑(写真:BEER EXPERIENCE)
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