酒は人を結び、まちを元気にする。酒場案内人の塩見なゆさんが、酒をテーマににぎわう各地のまちを訪ねます。今回は和歌山県海南市(かいなんし)。和歌山県は日本最大の梅の生産地で、全国の収穫量の約6割を占めます(2020年)。ただ、お酒の記事ですから、テーマは梅干しではなく梅酒。梅酒づくりを通じて和歌山の魅力を首都圏、そして世界へ広めようとチャレンジする酒造会社「中野BC」を取材しました。

 和歌山県の県庁所在地である和歌山市の南側に接する沿岸部のまち、海南市。この地で中野BC(BCは Biochemical Creation)は1932年に醤油の製造販売で創業し、1949年に酒類の製造を開始しました。同社は日本酒をはじめ、紀州の梅や柑橘類を使用した果実酒やリキュールなどを製造・販売しています。

 梅酒は1979年に製造を開始しました。その後も梅関連の商品開発に取り組み、現在では梅果汁のトップメーカーとなっています。

中野BCは和歌山県における梅酒製造の最大手(写真:塩見なゆ)
中野BCは和歌山県における梅酒製造の最大手(写真:塩見なゆ)
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 中野BCの社長を務める中野幸治さんに、梅酒事業にまつわる話や地域とのつながりについてお話を伺いました。

 「和歌山では梅酒は自宅で漬けるものでした。製品化した梅酒は近隣の家庭向けというよりは、出張や観光で訪れた人が立ち寄る飲食店向け商品の意味合いが強かったです」と中野さんは説明します。

 梅酒の発売開始後も、県内出荷量が1位になったことのある日本酒「長久(ちょうきゅう)」が中野BC(当時は中野酒造)の主力でした。それが逆転して梅酒が主力商品になったのは、1994年の関西国際空港の開業がきっかけでした。

 「これまではお土産用としてけっして多いとはいえない量を製造していましたが、県の後押しもあって、関西国際空港のオープンに伴い和歌山土産として梅酒を購入する人が増えました。県には今も、和歌山産ブランドを育て守っていくための取り組みとして、『和歌山梅酒』という名称での酒類の地理的表示(GI)の認定などでサポートしてもらっています」(中野さん)

 和歌山梅酒は外国人観光客からの評判が上々で、中野BCへ酒蔵見学に訪れる人も急増したそうです。海南市は関西国際空港から南紀白浜、そして世界遺産の熊野へ南下するルート上にあります。新型コロナウイルスの感染が拡大する前は、観光とセットで多くの観光客が訪れていました。

中野BCの本社工場の広大な敷地には池があり、酒蔵見学に訪れる人を楽しませている(写真:塩見なゆ)
中野BCの本社工場の広大な敷地には池があり、酒蔵見学に訪れる人を楽しませている(写真:塩見なゆ)
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 「さらなる需要の拡大を見込み、2012年に一旦梅酒事業を仕切り直すことにしました。海外に向けて売り込みをかけたのです。当時は世界でも、中国産や、日本発の大手果実酒メーカーの梅酒が先行して浸透していました。そこに高級路線で参入しました」。中野さんはこう振り返ります。現在では、海外販売が売り上げの約15%を占めるまでに成長していると言います。

 海外、特にアジア圏で日本の梅酒は評価が高く、紀州は梅の原産地として知られています。その波に乗り、和歌山梅酒は世界に通用するブランドに育っています。

中野BC社長の中野幸治さん(右)、梅酒杜氏の山本佳昭さん(左)。本社工場正面にて。撮影時のみマスクを外してもらいました(写真:塩見なゆ)
中野BC社長の中野幸治さん(右)、梅酒杜氏の山本佳昭さん(左)。本社工場正面にて。撮影時のみマスクを外してもらいました(写真:塩見なゆ)
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