酒は人を結び、まちを元気にする。酒場案内人の塩見なゆさんが、酒をテーマににぎわう各地のまちを訪ねます。今回は茨城県石岡市。新型コロナウイルスの影響でリアルの見学会の開催が難しくなり、オンライン見学にチャレンジした酒蔵の取り組みを紹介します。

 東京から約80km、茨城県南部にある石岡市。霞ヶ浦に注ぐ恋瀬川の周囲に広がるこの一帯は、昔から米作りが盛んに行われてきました。また、関東三大祭りに数えられる常陸國總社宮例大祭(ひたちのくにそうじゃぐうれいたいさい)が開かれることでも知られ、常陸府中と呼ばれてきた歴史ある地域です。

 水があり、米があり、人が集まる──。そんな場所には酒蔵があります。現在でも4軒の造り酒屋が伝統的な酒造りを続けています。

 そのうちの1軒、「白菊」をつくる廣瀬商店の取り組みを取材しました。

廣瀬商店の8代目、廣瀬慶之助さん(写真:塩見なゆ)
廣瀬商店の8代目、廣瀬慶之助さん(写真:塩見なゆ)
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 廣瀬商店の創業は文化2年(1805年)。長年酒造りを続けてきた酒蔵ですが、8代目で専務の廣瀬慶之助さんが中心となり、近年はよりテーマ性を持った取り組みに挑戦しています。

 例えば、大手電機メーカーのNECグループと認定NPO法人アサザ基金による生物多様性保全を目的とした「NEC田んぼ作りプロジェクト」のパートナーとして2004年から協力し、酒造りに必要不可欠な田んぼの再生に取り組んでいます。30年近く耕されることなく湿地帯となっていた田んぼがよみがえり、いまではホタルも見かけるようになりました。

 また、地元農家との協業で、2019年から茨城県オリジナル品種の酒造好適米「ひたち錦」を使った米作りにも取り組み、地域の米でつくる日本酒にも挑んでいます。

 「東京でWeb関連の仕事をしていた名古屋敦さんと知り合い、共同でつくり始めたお酒があります。名古屋さんの実家は兵庫県で酒米の山田錦を生産している農家です。そこでつくった山田錦でお酒をつくり、名古屋さんの実家に持っていこうと企画しました。完成したお酒は宅配便ではなく、せっかくなので直接持っていくことにしました。これがたいへん喜んでもらえました。こうして生まれたお酒は『オヤジナカセ』と命名し、限られたルートで販売するようになりました。いまも名古屋さんの実家の酒米を使って製造を続けています」(廣瀬さん)

 「誰と飲みたいか、誰に飲んでもらいたいか」──。廣瀬さんはこうしたメッセージで消費者に問いかけています。

オヤジナカセ。酒を注ぎあっている個性的なラベルデザイン(写真:塩見なゆ)
オヤジナカセ。酒を注ぎあっている個性的なラベルデザイン(写真:塩見なゆ)
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塩見「お酒は人と人をつなぐものですね。このような取り組みはほかにもありますか」

廣瀬さん「地元農家とは昔からの先輩・後輩の関係であり、ずっと協業したいと話をしていました。茨城県で初めての酒造好適米『ひたち錦』が地元石岡でも栽培できるようになり、これをきっかけに、より踏み込んだ酒造り体験を提供できないかと考えました。酒蔵の見学だけでなく、田植え、草抜き、収穫から、ラベルのデザインや貼り付けまでを体験してもらい、参加者それぞれが自分だけのオリジナルのお酒をつくってもらおうというものです。参加者個人では免許の関係で製造・販売はできないものの、ゆくゆくは生酒や原酒など、お酒のタイプを参加者に決めてもらって、自分で企画した限定銘柄というところまでやってもらえればおもしろいと思っています」