酒は人を結び、まちを元気にする。酒場案内人の塩見なゆさんが、酒をテーマににぎわう各地のまちを訪ねます。今回は山形県天童市。これまで温泉旅館は朝・夕食付きの宿泊が一般的でした。天童温泉では温泉旅館が中心となってまちに横丁をつくり、宿泊者に館外での夕食を楽しんでもらう「泊食分離」を進めています。宿泊者の減少にどう立ち向かっているのか、取材しました。

 横丁は終戦直後に全国に出現したヤミ市から生まれたところが多く、「まちに開いた酒場めぐり」の連載でも、青森・八戸の歴史ある横丁などを取材してきました。昭和の残り香に包まれた細い路地に飲食店が立ち並び、人々が集まり、まちに活気や熱気をもたらしています。近年では横丁を観光資源として見直す動きも増えています。

 そんな横丁を現代風にアレンジした施設が、日本各地に相次いでオープンしています。その多くが繁華街の活性化を目的としたものですが、山形県天童市には全国でも珍しい温泉旅館が中心となって企画した温泉街の横丁があります。観光地づくりを行う会社「DMC天童温泉」が運営する「と横丁」です。2020年1月にオープンしました。

2020年1月、天童温泉の温泉街にオープンした「と横丁」(写真:塩見なゆ)
2020年1月、天童温泉の温泉街にオープンした「と横丁」(写真:塩見なゆ)
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天童温泉は、1995年には年間130万人以上の観光客が訪れていたが、2016年には70万人を切るまでに減少している(写真:塩見なゆ)
天童温泉は、1995年には年間130万人以上の観光客が訪れていたが、2016年には70万人を切るまでに減少している(写真:塩見なゆ)
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 山形市に接する山形県天童市は、山形盆地のほぼ中央に位置し、さくらんぼの産地として有名です。また、将棋駒の生産量日本一を誇ることから「将棋のまち」をまちの観光テーマに掲げています。「と横丁」も、将棋の駒の「と金」が名前の由来です。

 これまでの温泉旅館といえば、朝・夕食付きの宿泊に加え、夕食後に二次会で利用できる店、おみやげ店など、すべてを旅館内で完結させるスタイルが一般的でした。なぜ天童温泉では、宿泊者を旅館外に出すことになる横丁を旅館自らがつくったのでしょうか。

 横丁を運営するDMC天童温泉の代表を務める山口敦史さんに話を伺いました。

DMC天童温泉代表の山口敦史さん(写真:塩見なゆ)
DMC天童温泉代表の山口敦史さん(写真:塩見なゆ)
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塩見DMC天童温泉はどのような会社なのでしょうか。

山口さん天童温泉は県内の宿泊拠点として、特に団体旅行を中心に成長してきました。平成に入ってからのツアー旅行の減少や、個人旅行の伸び悩みもあり、年々宿泊者の減少が続いていました。宿泊者を増やすためには「天童温泉に泊まる理由づくり」が不可欠です。

 これまでの旅行会社に頼った周遊観光ではなく、温泉街が中心になってまちの魅力をつくり出し、発信する必要があります。そのための営利組織として、2017年に天童温泉の経営者7人が協力し、DMC天童温泉を設立しました。

塩見山口さんも「滝の湯ホテル」の社長をされています。旅館やホテルの経営者同士では、競合関係にあるのではないのでしょうか。また、組合など従来の組織とどう違うのでしょうか。

山口さんこれまでも天童温泉協同組合として、天童市などの関係自治体や観光協会とともに地域活性化に取り組んできました。さらにもう一歩進め、情報発信にとどまらず、企画したイベントやツアーの販売、施設運営までを手掛ける営利組織にする必要があると考えました。伝えるだけではなく、実際に利用してもらうところまで主体的な立場で携わるのが目的です。

 そのため、「天童温泉の宿泊者数を増やす」という共通のテーマを持つ旅館・ホテル7社が、ライバル関係を超えて設立に関わりました。各旅館の経営者は既に世代交代をしており、みんな年齢が近く新しい考え方を持っていたことも大きいです。

塩見これまで立ち上げた企画を教えてください。

山口さんDMC天童温泉として第2種旅行業を取得し、これまで旅行会社が担っていた周辺施設へのツアーを、旅館を起点として自ら行えるようにしました。チェックイン時や部屋のパンフレットなどで案内し、当日の参加申し込みにも対応しています。そのひとつ「朝摘みさくらんぼツアー」は、早朝に宿を出発し、農家の方が一番おいしいと太鼓判を押す朝摘みのさくらんぼが味わえます。ほかにも天童温泉に宿泊しつつ、風光明媚な銀山温泉も散策できる直行バスツアーなども開催しています。

塩見と横丁はDMC天童温泉が初めてつくった施設になりますね。

山口さんツアーに続き、中心街の魅力づくりを検討していました。と横丁は八戸や酒田の横丁にヒントを得ています。場所は温泉街の中央にある交差点付近、天童ホテルの駐車場だった敷地です。同ホテルの出資とクラウドファンディングで調達した資金、国の商店街活性化・観光消費創出事業補助金で建設しました。運営やPRをDMC天童温泉が担っています。現在、8店舗が出店しており、出店者は募集して選びました。

塩見温泉旅館といえば、従来は館内で完結するビジネスモデルが主流でした。なぜ館外に飲食施設をつくったのでしょうか。

山口さん温泉旅館の囲い込みは昔のことで、いまは「泊食分離」を進めています。その理由はいくつかありますが、滞在型観光地となり、宿泊日数を増やしてもらうことが目的の一つです。2泊とも旅館内の食事では飽きてしまうかもしれません。2泊目は外で食べることができる、これも滞在型観光地になる第一歩です。魅力的な飲み屋街があることも泊数を増やすことにつながると思います。

 旅館の運営視点でも理由があります。全宿泊者の夕食を提供するためには多くのスタッフが必要で、外部から派遣で来てもらうこともあります。そのコストを考えると、「泊」の稼働率を高めつつ、「食」のコストを抑制できる泊食分離は理にかなっています。

塩見天童は温泉街に隣接して、既存の飲食店街もありますからね。

山口さんもともと天童は山形市内にも近いことから、ビジネス利用が1割ほどありました。現在は2割ほどです。宿泊プランも夕食なしや素泊まりの人気が高まっています。天童は、県内では珍しく飲食店街と温泉街が接するまちです。周辺の飲食店は約200軒。と横丁は、旅館と従来の飲食店をつなぐ「ゼロ軒目」的な役割を果たしたいと思っています。我々旅館側もアテンドしています。と横丁からのハシゴで天童の夜を楽しんでほしいですね。

塩見と横丁には「三大屋台訓」というのが書かれていますね。「積極的に交流を図るべし」「はしごすべし」「天童の魅力を発信すべし」。

山口さんと横丁が集客施設になって、天童温泉や飲食店街を訪れる人が増えることを願っています。横丁には寒河江(さがえ)など近隣で人気の支店も出店しており、利用者の約半分は地元の人です。コロナ禍が落ち着いたら、と横丁周辺にある空き店舗を活用し、お昼から利用できる飲食店を増やしたいと考えています。ひっぱりうどん店や芋煮カフェ、スタンディングバーなど、アイデアはたくさんあります。