行政や農協ともタッグを組んで

 泉橋酒造で使用する山田錦を産地品種銘柄に登録してもらうために神奈川県の農業技術センターへ働きかけ、登録されるなど、関係行政や農協とも歩調を合わせています。JAさがみ、地元市町村、神奈川県農業技術センター、そして泉橋酒造と契約栽培農家で立ち上げた「さがみ酒米研究会」は、新たなチャレンジも始めました。

 「さがみ酒米研究会では、農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)が開発した『楽風舞』という新しい米作りにも取り組んでいます」と話すのは、さがみ酒米研究会の会長でもある契約農家の池上さん。

 「楽風舞の産地品種銘柄の登録第一号が神奈川県です。2014年のこと。それを地元の農家の皆さんが生産をし、2014年12月、泉橋酒造のお酒のひとつとして発売しました」(橋場さん)

 まさに、行政から農業、そして酒蔵までが一体となって新品種の酒造好適米を使った酒造りに動いた結果といえます。

泉橋酒造ではオートメーション化は最小限に、 伝統的な槽搾り(ふねしぼり)で酒造りを実践している(写真:塩見なゆ)

あえて収穫時期の異なる米を栽培

 池上さん自身は、現在は神力を生産しています。「近年に品種改良された米と違い、昔(明治期)につくられた神力は苦労があります。最近の品種に比べて稲が高く、コンバインでの収穫はコツが必要です。わらに需要があった時代ならばよいのですが……」(池上さん)

 米は品種によって収穫時期が異なります。楽風舞は早い時期に収穫できる「早稲」であり、神力や山田錦、雄町などは収穫時期が遅い「晩稲」です。収穫時期の異なるお米を酒米研究会の農家でそれぞれ分担することで、刈り取りが集中する時期の作業を平準化できるそうです。

 収穫に使う機器にも研究会ならではの苦労と改善の取り組みがあります。「コンバインなどの農業機械をある程度統一することで、機械が不調の際のメンテナンス方法を共有できます。また、トラブルの際に緊急で他の農家から機械を借りても、同じメーカーだと迷わず操縦できます」と池上さん。海老名では、泉橋酒造を中心として酒米農家が協業できる体制が進んでいます。

収穫期を迎えた泉橋酒造の自社田んぼ。奥に酒蔵が見える(写真:塩見なゆ)

 駅前で直営レストランも開業

 泉橋酒造では、1次産業の米作り、2次産業の酒造りだけでなく、2016年から3次産業のレストラン「蔵元佳肴 いづみ橋」を海老名駅前で始めました。いわゆる6次産業化です。

 「レストランのヒントはフランスのワイナリーでした。ぶどう畑を歩いてワイナリーで醸造を見学し、最後は併設するレストランで食事をする。向こうでは一般的なことを日本でもできればと思い、始めました」(橋場さん)

 地元の米を地元で醸造し、地元で飲む空間もつくる。栽培と醸造と酒場の一体化は、これからの酒造りのひとつの形です。当たり前に思えて、実は新しい。

 レストランには、地元の農家や住民、酒販関係者だけでなく遠方から来る人もいるそうです。私たちも、池上さんが生産した神力を原料にした「いづみ橋 生酛 桃色黒とんぼ」で乾杯をしながら、酒米生産者、酒造会社がチャレンジする新たな酒造りの形を感じるひとときとなりました。

泉橋酒造の直営レストラン「蔵元佳肴 いづみ橋」。季節のお酒を酒器や温度を変え、地元食材などを使った料理と合わせる「ペアリング」で提供。契約栽培を行っている農家の池上貴明さん(左)、泉橋酒造六代目蔵元の橋場友一さん(中央)、著者の塩見なゆ(写真:ひとまち結び編集部)
著者 塩見なゆ
酒場案内人。1984年、東京都杉並区荻窪生まれ。新宿ゴールデン街に通った作家の両親を持つ。幼いころより中央線沿線の飲み屋へ連れて行かれ、物書きの大人と瓶ビールに囲まれて成長する。会社員として広報・宣伝畑を経て独立。趣味だった飲み屋巡りを本業とし、飲食専門のライターとなる。酒場に恋して年間2000軒を訪れる。