酒は人を結び、まちを元気にする。酒場案内人の塩見なゆさんが、酒をテーマににぎわう各地のまちを訪ねます。今回は北海道。上富良野で誕生したホップ「ソラチエース」の復活に挑むサッポロビールの取り組みと、ビールを飲んで挑戦者を応援する「ほっとけないどう」の活動を取材しました。

 酒造りは、その地で原料を生産する農業が欠かせません。人手も必要です。そこでつくられたお酒は地域の飲食店に並び、人を呼び、やがてまちの食文化のひとつとなっていきます。6次産業という言葉が生まれる前から、酒造りは農業、製造業、サービス業を育み、まちづくりにおいて重要な役割を担ってきました。

 私たちの日常に身近な大手ビール4社のひとつ、サッポロビールも「まちづくり」のために設立された会社ということをご存じでしょうか。

 サッポロビールの歴史は北海道開拓と共創の歴史。地域おこしの役割を100年以上にわたり担ってきた元祖地ビールです。現在も北海道の大地でおいしいビールをつくる取り組みが続けられ、地域貢献につながっています。長い歴史を持つ地域共創企業の取り組みとして取材しました。

 明治維新後、政府は本格的な北海道の開拓に向け「開拓使」を設置します。北海道はビールの2大原料となる大麦とホップの生産に適していたことから、農業と勧業の中心的な役割になることを期待し、1876年(明治9年)、政府直営で開拓使麦酒醸造所が開設されました。

 日本人技術者の手によってつくられる日本で最初のビール「札幌ビール」の誕生です。原料となる大麦やホップの生産は北海道の開拓とともに広がり、生産量が増加したビールは、北海道内だけでなく遠く東京でも飲まれるようになりました。

 開拓使麦酒醸造所は、1887年(明治20年)に札幌麦酒会社となりますが、払い下げの条件として「北海道の大麦を可能な限り使うこと」とされ、現在もサッポロビールは北海道産のビール大麦を全量購入しています。

 北海道の富良野地域は、早くからビールの原料づくりが行われてきたエリアです。そして上富良野町では⽇本で唯⼀、大麦とホップの両方が生産されています。

上富良野町のホップ畑。収穫は晩夏(写真:サッポロビール)
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