酒は人を結び、まちを元気にする。酒場案内人の塩見なゆさんが、酒をテーマににぎわう各地のまちを訪ねます。今回は東京都八王子市。ベッドタウンとして宅地化が進み、最盛期に20軒ほどあった酒づくりを行う酒蔵が、2012年には消滅してしまいました。その復活をめざす元酒販店の3代目のチャレンジを取材しました。

 東京都心から西へ約40km。多摩地区で最大のまち、八王子市。西側に高尾山をはじめとする関東山地をひかえた盆地状の地形で、市域の中心部を浅川が東西に流れています。ゆるやかな丘陵と豊富な水資源もあり、古くから米づくりや野菜づくりが盛んで、都内有数の農業地帯でした。

 広大な田園地帯が広がる八王子は首都・東京のベッドタウンとして、旺盛な住宅需要に応えるべく宅地化が進んできました。1975年に約32万人だった人口は、現在は約58万人まで増加しています。そうした開発の中で農家は減少し、遊休農地も拡大しています。

 他方で、米を原料とする八王子の酒づくりは別の事情で衰退の一途をたどりました。

 物流が発達する以前の酒づくりは、今と違って消費地で行うことが一般的でした。人口が過密な江戸にはお酒が船で運ばれていましたが、地方では宿場町や城下町でお酒がつくられていました。その名残は、今も全国で見られます。

 八王子もまた、甲州街道の宿場町であり絹織物という地場産業があったことから、江戸時代から酒づくりが盛んでした。この地には、酒づくりに欠かせない米も、豊富な地下水もあり、好適地だったわけです。

 酒づくりの要素がそろった八王子は、最盛期には20軒ほどの酒蔵が存在しました。しかし残念ながら、2012年に最後の酒蔵が醸造を終了し、消滅してしまいました。

 そうした事情について、 NPO法人はちぷろの代表理事、西仲鎌司さんに話を伺いました。西仲さんは、1947年に八王子で創業した酒販店「河内屋」の創業家で育ちました。

NPO法人はちぷろの代表理事、西仲鎌司さん(写真:塩見なゆ)
NPO法人はちぷろの代表理事、西仲鎌司さん(写真:塩見なゆ)
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