八王子で酒米を生産

塩見酒蔵の次に原料の米が必要になりますね。八王子で酒米は生産されていたのですか。

西仲さん八王子市内には、秋川沿いに東京有数の米どころとして知られる高月町(たかつきまち)があります。当時は、飯米(はんまい、食用米)しか生産していませんでした。

 高月町に酒米の生産をお願いしに行ったのですが、最初は簡単には受けてもらえませんでした。家族で何度も出向き、農作業を手伝う中でようやく思いが伝わり、1軒の農家が引き受けてくれることになりました。現在は10軒以上の農家に協力してもらっています。酒米も、「山田錦」や「五百万石」など5品種以上にチャレンジしました。

塩見苦労が実って、お米も実って、1本目のお酒が完成したのですね。

西仲さん醸造は諏訪で行っているものの、はちぷろが本格的に動きだしました。八王子産の米でつくった日本酒は「髙尾の天狗」と命名し、2015年に2200本を限定で発売しました。

 はちぷろは、酒造でも酒販でもありません。酒づくりを中心にした「農業まちづくり」がテーマです。酒づくりの仕組みが整ったので、次は市民の皆さんが参加する取り組みを始めました。田植えや稲刈りから、酒蔵での仕込みまで、八王子市民の皆さんに参加してもらっています。

2018年6月の田植えの様子。2020年春以降は、コロナ禍で参加型の取り組みを実施するのが難しい状況(写真:はちぷろ)
2018年6月の田植えの様子。2020年春以降は、コロナ禍で参加型の取り組みを実施するのが難しい状況(写真:はちぷろ)
[画像のクリックで拡大表示]

塩見酒づくりを通じて、住民と農業の共生が始まっているのですね。

西仲さん大人から子どもまで多くの方が田んぼに興味を持つ体験を提供することができました。今後は農業体験型のテーマパークのように育てていく予定です。都内で貴重な田んぼが、八王子にたくさんあることを広く知ってもらうきっかけになればと思います。そして、農家が直面している働き手不足などの課題をひとつずつ、共に解決していきたいです。それが、都市と田園が共存する八王子というまちの魅力につながると考えています。

塩見「髙尾の天狗」は、どんなお酒ですか。

西仲さん酒造好適米「ひとごこち」と「キヌヒカリ」でつくる純米吟醸酒です。生産量は年々増えており、今年(2021年)は一升瓶換算で1万3000本ほどになりました。販売量も2019年と比べて150%になりました。従来は純米吟醸を中心に生産してきましたが、2021年5月にはブランドの中で最高峰となる純米大吟醸酒(精米歩合50%以下の米と水と麹のみでつくる日本酒)を発売しました。

現在の「髙尾の天狗」は諏訪で醸造している。八王子と諏訪の融合といえる(写真:はちぷろ)
現在の「髙尾の天狗」は諏訪で醸造している。八王子と諏訪の融合といえる(写真:はちぷろ)
[画像のクリックで拡大表示]

西仲さん「髙尾の天狗」や「舞姫」を飲める場所として、八王子駅前に「酒蔵直結酒場 蔵人舞姫」という飲食店を開業しました。日本酒をサーバーから注げる、珍しい樽(たる)詰めを提供しています。

 また、最近は販路拡大に力を入れてきたこともあり、八王子はもちろん、都内でも取り扱う飲食店が増えています。酒場で見かけたらぜひ試してみてください。

塩見はちぷろを軸に、田んぼから飲食店までつながると、次はいよいよ酒蔵を八王子につくり、6次産業化(1次産業の農林漁業、2次産業の製造業、3次産業の小売業などを総合的かつ一体的に推進し、農山漁村の豊かな地域資源を活用して新たな付加価値を生み出す取り組み)をめざすのでしょうか。

西仲さん原料の米をつくる高月町に、酒蔵を中心としたレストランなどを併設した施設を建設する計画でしたが、昨今のコロナ禍などもあり、今はいったん立ち止まって検討している段階です。ただ、八王子での酒造りをゴールとする目標に変わりはありません。

 取材後、都内で「髙尾の天狗 純米大吟醸」を見つけ、飲んでみました。華やかな吟醸の香りと、心地よい厚みのあるうま味、爽快なのど越しでとても整ったお酒です。

 酒販店でお酒を販売していた西仲さんが夢見た、地元八王子産のお酒の復活。そして自ら酒づくりに携わるという挑戦。「生きがい」と、西仲さんは胸を張ります。壮大なチャレンジは、地域の人と一緒に力強く着実に進んでいます。

八王子酒造りプロジェクト
筆者 塩見なゆ
酒場案内人。1984年、東京都杉並区荻窪生まれ。新宿ゴールデン街に通った作家の両親を持つ。幼いころより中央線沿線の飲み屋へ連れて行かれ、物書きの大人と瓶ビールに囲まれて成長する。会社員として広報・宣伝畑を経て独立。趣味だった飲み屋巡りを本業とし、飲食専門のライターとなる。酒場に恋して年間2000軒を巡る。