大阪府茨木市の「クアトロガッツ」は就職氷河期世代の夫婦が立ち上げた皮革製品のファクトリーブランド。彼らが作る手のひらサイズの軽い財布「小さいふ。」は、自然に配慮した素材を使い、古今東西のアートや文化と積極的にコラボするヒット商品である。「会社を競争のコミュニティではなく、共生のコミュニティにしたい」という株式会社ガッツの中辻大也社長に影響を与えたのは、10代の頃に聴きまくったロックバンド「ザ・ブルーハーツ」と、革業界の偉大な先人。正社員経験のない二人が、1台の中古ミシンをきっかけにユニークな会社を作り上げた波瀾万丈の青春ストーリー。

 手塚治虫、楳図かずお、印象派のモネや鳥獣戯画に風神雷神、さまざまなアーティストや作品、自然造形などの絵柄を大胆にあしらった「小さいふ。」。大阪府茨木市発のファクトリーブランドである「クアトロガッツ」(ブランドを運営するのは株式会社ガッツ)が送り出している皮革製品で、10年以上にわたって売れ続けている。

 この「小さいふ。」は名刺に近いサイズ感にもかかわらず、札、小銭、カードなどを効率的に収納可能。遊び心と機能美を併せ持つ商品として、幅広い世代のファンをつかみ、コロナ禍の2021年も1万個以上を販売したヒット商品である。基本の型は4種類。色の種類は150ほど。さらに、「世界に一つだけシリーズ」というオリジナル商品は、デッドストックの革や珍しい素材、イタリアンレザーなどを使っており、その結果6,000種類を超えるバリエーションがある。

 質量は軽く、持つ手にしっくりなじむなめらかな手触りと温かみも人気だが、ヒット商品になった理由は、同社が使用する日本を代表する国産革「栃木レザー」にあるという。栃木レザーとは、革のブランドと同じ名を社名にする栃木レザー株式会社が製造する革のこと。同社はその名の通り栃木県栃木市に本社を置く皮革製造会社で、1937年創業の老舗である。

 栃木レザーは、熟練の職人が100%植物性成分で鞣(なめ)す伝統的な製法を採用している。価格の安い化学薬品によるクロム鞣しの革とは違い、ミモザ(アカシア)の樹皮から採れたタンニン(渋)で長時間かけて鞣され、染色によって色が付けられている。使い込めば、経年変化が味になるのも魅力である。

 「栃木レザーは、長い目で見ると、土に分解され自然に還る地球に優しい素材なんです。その革を使った財布を作ることで、製品を通じて地球環境の大切さを広く伝えることができるのはありがたい」と語るのは、ガッツの中辻大也さん。正式な肩書は「社長」ではあるものの、普段は「キャプテン」を名乗る。北海道日本ハム・新庄監督の「ビッグボス」に通じる親近感と頼り甲斐がある。高槻南高校時代はラグビー部に所属していたという。

 彼らが「秘密基地」と呼ぶ工房を訪れると、驚くほど和気あいあいとした空気が満ちていた。BGMは大阪のラジオ局「FM802」。女性スタッフたちはマスク越しの世間話を楽しみながらせっせと手を動かし、流れ作業で財布やカバンを仕上げていく。繊細な手つきでミシンを操る矢田敦己さんは製作部門長。皇室御用達の老舗メーカーで働いていた靴職人で、実は中辻さんの幼稚園の同級生でもある。熟練の技と軽やかさが共存し、リラックスが生産性を高める見本のようなチームと感じた。

和気あいあいとした雰囲気が漂う「秘密基地」での作業風景(写真:山本 真梨子)
和気あいあいとした雰囲気が漂う「秘密基地」での作業風景(写真:山本 真梨子)
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 「ほとんどのスタッフが未経験で入ってきます。今、社員、パートを合わせて25人。うちは企画、営業、製造、イベント販売などを全て社内で行いますが、なるべく多くの部門を経験するようにシフトを組んでいます。そのほうが会社の業務全体を理解できて視野が広がるからです。商品を実際に作った経験は売り場のセールストークで役に立つし、売り場でお客さまの反応をリアルに感じることは商品開発や営業、売り場づくりの参考になります」

 同社の製品は全国の百貨店や鉄道駅ターミナルなどの催事イベントにも引っ張りだこ。東急ハンズ全店のほか、縁がありつながったセレクトショップ、ネット販売などを合わせると、コロナ禍以前は年間約2億6,000万円の売り上げがあった。

 「法人化したのは9年前。2021年度はコロナ禍の影響で売り上げが1億6,000万円に落ちましたが、無借金経営ですし、新しいことも始められています。僕は1978年生まれの就職氷河期世代で、正社員経験がなく、高校時代には『ザ・ブルーハーツ』の影響を受けて、(楽曲でも歌われているように)自分らしく生きたいとだけ思いながら、ここまできました」

 中辻さんの話は、波瀾万丈の青春ストーリーそのものだった。

中辻大也さん、Nagisaさん夫妻(写真:山本 真梨子)
中辻大也さん、Nagisaさん夫妻(写真:山本 真梨子)
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偶然、廃業予定のミシン店から大量の革をもらい受けた

 「高校3年生の時、現役で受験した大学に全て落ちました。一応、浪人になったのですが、大学を出ても就職が難しい時代でしたし、しばらく地元でアルバイト生活をした後、外国に住んでみたくてロンドンに行き、遊園地とか飲食店でパートタイムで働きながら暮らしていました」

 たまたまロンドンに行く直前に、近くの駅でバッタリ会って立ち話をしたのが、同じ高校の後輩だったNagisaさんだった。現在は中辻さんの妻である。

 「『ロンドン行くねん』と話したら、『えっ! いいですね! 私も行きたいです!』と返ってきて、卒業してから、なんといきなりロンドンにやってきて。そして1ヵ月ほど、僕の部屋に居候してたんです。付き合いはじめは、その時です。まさか、ほんまに来るとは思いませんでした(笑)」

 日本に戻ったNagisaさんは、神戸市長田区と大阪市西成区にある靴職人養成学校に計3年間通い、革製品づくりの技術を習得。中辻さんも日本に戻り、バーなどでアルバイト生活を開始した。

 「2003年の秋、靴づくりの勉強をしていた彼女が、『ミシンが欲しい』って言うたんです。それで、『ほな買うたるわ』と、なりまして。東大阪の中古のミシン屋に買いに行ったんですけど、その時ミシン屋のおっちゃんが『兄ちゃんら革いるか?』と言ってくれたんです。もらえるんならもちろん欲しいですっ! と答えたら、なんと、軽トラックいっぱいの革をくれました。話を聞くと、たまたま僕らが最後の客で、廃業するとおっしゃってました」

 ミシンだけでなく、大量の革を手に入れてしまった中辻さんたちは、「じゃあ、この革でブレスレットとかアクセサリーとかを作って、フリーマーケットとかストリートで売ってみようよ!」と、盛り上がった。まだ、スマートフォンやSNSが普及する前の話だ。

 二人は高槻市内の安い長屋を借りて、工房兼住居にした。長屋の前にいつも寝そべる四匹の猫たち。二人は自分たちのユニット名をスペイン語で「四匹の猫」を意味する「クアトロガッツ」にした。2008年の秋のことだった。

完成して出荷を待つ「小さいふ。」たち(写真:山本 真梨子)
完成して出荷を待つ「小さいふ。」たち(写真:山本 真梨子)
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