生ビールの力で地域を活性化

 「ビールスタンド重富」の本店は、広島を代表する繁華街・流川エリアの通称・仏壇通りそばの「重富酒店」店内にある。酒屋の一角で立ち飲みができる、いわゆる角打ちスタイルだ。

 重富寛さんは、戦前に創業した重富酒店の3代目。この界わいの飲食店に酒を納入する卸の酒屋だが、2012年に夕方5時から7時まで2時間限定で生ビールを注ぎはじめた。

 重富酒店を創業した重富さんの祖父は、昭和初期に広島で初めて生ビールを注いだらしい。酒屋の店頭で提供する角打ちスタイル。戦後はビアレストランを経営したり、飲食店へのビール指導を行った。3代目の重富さんは、祖父の時代のビールサーバーを導入した。「おいしい生ビールが飲める」という情報が伝わるスピードは速く、マスコミの取材も殺到し、すぐに人気店となった。

 2時間とは極めて短時間だが、重富さんにはそのように設定した理由があった。

 「自分の店でビールスタンドをやる目的は、『うまいビールを注げばお客さまが集まる』という見本を示して、周辺の飲食店の皆さんに『うまいビールを注ぎたい』と思ってもらうこと。そうすればバブル以降の落ち込み続ける経済の中で商売を保つことができる」

 たった3坪。10名で満員なので行列ができる。1時間待ち2時間待ちもざらだが、夜7時に営業終了で、飲めるのは2杯まで。そこには、「集まったお客さまに近所の店に流れて飲食を楽しんでもらいたい」という重富さんの考えがある。

 生ビールで多くの客を引きつけ近隣の飲食店を活性化させる「ビールスタンド重富」本店の在り方は、広島駅の2号店にも引き継がれており、筆者には成功しているように思える。しかも2号店では、スムーズに生ビールが買えて、3杯以上飲むことができ、ツマミもある。流行らないわけがない。

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おいしい生ビールを人に届け続けることで世界は変わる

 筆者はライター業と並行して世田谷区経堂で「さばのゆ」というイベント酒場を運営している。全国の人がやってくる店で、数年前に重富さんを紹介してくれたのは、さばのゆの常連客で広島の魅力を広める活動を続ける広島エヴァンジェリストの山根かおりさん。山根さんは重富さんの東京初の生ビールイベントを「さばのゆ」で開催してくれた人でもある。

 その時に初めて飲んだ「一度つぎ」の衝撃は忘れられない。それ以来、筆者は様々な重富さんの言葉を聞き、行動を見てきた。

 「生ビールは、毎日、サーバーとジョッキを丁寧に洗って、適温で提供すれば、必ずおいしくなる。おいしい生ビールを飲むと、少し幸せになりますよね。そんな少しの幸せの積み重ね、日常生活のクオリティーの向上があちこちで起こると、日本のあらゆる問題が解決すると信じています」

 「おいしい生ビールを飲むと、人は自然と笑顔になります。笑顔になると他人にも優しくなれるし、人間関係も円滑になり、毎日を幸せに過ごすことができる。おいしい生ビールのために、がんばって働きたくなるし、働くために生ビールを飲む。とりあえずビール!が良いんです!難しいことを深く考えたり、ウンチクを言う必要もない普通のビールが最高の日常のリフレッシュ」

 重富さんは自分の店で注ぐだけではなく、生ビールの力を伝えるため、全国のイベントに参加して、ビールを注ぎ、講演も積極的に行ってきた。新しくできた広島駅の「ビールスタンド重富」は、生ビールが本来持つ力と重富さんの考えをさらに広める「場」として機能することだろう。

 そして最近、また面白い動きがあるという。

 「以前から和食の料理人が自分の包丁にこだわるように、ビールサーバーにこだわる飲食店主が増えると面白いと思っていましたが、このところ全国の一流の料理人が『ビールを教えてほしい』と広島に滞在するケースが増えているんです」

 短期滞在して重富さんからビールを学ぶ料理人は、夜、広島の飲食店を巡る。

 「そこで飲食店、料理人同士の交流が生まれているんです。これは広島の食の技術にとってもプラスだし、県外に広島の食が広まるきっかけにもなると思う」

 重富さんの口癖は「おいしい生ビールを人に届け続けることで世界は変わる」だが、それは着実に現実となっている。

「このミラクルが日本中の飲食店で起これば、そのミラクルは日常になります。その世界をビールが望んでいると信じています」

 実際、東京・中野の「麦酒大学」をはじめ、重富さんからビールを学び、繁盛店となる事例も着々と増えている。広島発の重富モデル。交通至便な広島駅にも店があることで、重富さんのビールと出逢う人の数は格段に増えるはずだ。

 2坪と3坪の小さな店が、生ビールの力でミラクルを起こす。

著者 須田泰成(すだ・やすなり)
1968年、大阪生まれ。コメディライター&プロデューサー。テレビ、ラジオ、WEBの番組やコンテンツの脚本、構成、プロデュース多数。「スローコメディ広告社」代表。20歳の時に世田谷区経堂へ。2000年に、経堂の個人店と文化を活性化するプロジェクト「経堂系ドットコム」を立ち上げる。WEB「みんなの缶詰新聞」編集長。「経堂経済新聞」編集長。著者に『モンティパイソン大全』など。