新型コロナウイルスの影響で経営危機が深刻な観光・飲食業界。これを受けて食材の生産者も困難な時を過ごす。高品質で飲食店需要が多かった瀬戸内の離島・岩城島(いわぎじま)産レモンは、2020年春、緊急事態宣言下の休業要請で東京向けの売り上げが9割減まで落ち込んだ。しかし、一人の移住者が立ち上げた地道な活動が実を結び、売り上げが回復。新しい売り方、新しいファンが全国に広がり、10年、20年後の未来が見えてきた。

 約半年前の2020年8月、東京都は世田谷区経堂にある行きつけの焼きとん店で、筆者は目が覚めるような美味さのレモンサワーと出逢った。グラスからフレッシュな香りが立ち上り、爽やかな甘みと酸味のバランスも良く、炭火焼きの煙に燻された口の中の脂をサッパリ流し、鼻腔にスパイシーな潮風のような余韻が残る。気がつけば「もう一杯!」と空のグラスを差し出す自分がいて、隣のお客も釣られて「同じものを!」と注文していた。

 「これスゴイですね! レモンなのに酸っぱいだけじゃない!」と驚くと、店の大将が「広島のお客さんが紹介してくれた瀬戸内の無農薬レモンです。コロナでお客さんが少ないけど、これは人気で助かります」と返ってきた。

 当時の東京では午後10時までの時短営業を都から要請されており、酒類のラストオーダーが午後9時。稼ぎ時に商売できない厳しい状況下に、一杯500円のヒット商品は店にとって有り難い。

 そのレモンは瀬戸内海の離島・愛媛県岩城島(いわぎじま)産だとわかった。店に卸しているのは、島への一人の移住者が運営する「わらしべ。」という食品事業者だという。2020年4月から5月の緊急事態宣言時、島のレモンは東京向けの出荷額が9割も落ちたが、SNSなどを駆使してレモンの売り上げを大きく回復させ、窮地を救ったという。

 売り上げ9割減からの復活劇。奇跡のようなコロナ禍の実話に興味を持った筆者は、その30代の移住者、岡信太郎さんに連絡を取った。すると岡さんは「つくる人とたべる人が、その心を思い合える関係を育てていくこと」が「わらしべ。」のコンセプトだと教えてくれた。

岡信太郎さん。「わらしべ。」代表。長崎県佐世保市出身の31歳(写真提供:同氏、以下同)
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「つくり手が報われる未来を」、売り上げ9割減からの挑戦

 岡信太郎さんは、長崎県佐世保市出身の31歳。父親が、黒島というフェリーで50分、人口500人ほどの離島出身で、幼少期から休みになると自然豊かな島の暮らしを満喫。漁師と結婚した叔母から届く東シナ海の新鮮な魚と白米を腹いっぱい食べて育った。

 高校の恩師に背中を押されて広島大学で日本史を学ぶ。卒業後、広島本社の農機具メーカーに就職して全国を飛び回るが、そこで、労力を惜しまず作物を育てる農家が必ずしも報われていない現実を目のあたりにする。

 岡さんは「米の買取価格が大きく下がって心が折れかけた生産者さんに出会い、考えさせられました。価格が下がったのは社会のいろいろな要因が重なったからで、対価が釣り合わないのは、彼らの責任ではない。毎日一生懸命に働く努力と関係のないところで生産者が不当な扱いを受けることに理不尽さを感じ、それをきっかけに、つくり手の価値を高めるためにはどうしたらいいのか、考えることが多くなりました」と、サラリーマン時代を振り返る。

 働きながら母校の大学院の社会人向けマネジメントコースに通い、地域経済活性化のプロたちに学んだ。その頃、岩城島の地域商社と出合い、移住を決意。メーカーを円満退社して2015年、地域商社スタッフとして島暮らしをスタート。3年後に独立して「わらしべ。」を立ち上げた。

 「もっと畑に近いところで、つくり手たちの日々の努力や取り組みにちゃんとした対価が生まれるようにしたかった」

 日増しに強くなる思いの実現に挑む日々が始まった。初めは思うように行かないこともあったが、一人ひとりと畑での対話を重ねて、岩城島やしまなみ海道が通る島々の生産者と手を組み、年間30品種近い柑橘やブルーベリー、イチジク、島の芋菓子、さらにはレモンのクッキー、マドレーヌなどの加工品を全国に届ける体制が整った。

 が、そこに新型コロナが襲いかかった。

提案型のSNS投稿で新しい顧客ニーズを掘り起こす

 新型コロナの影響が顕著になったのは、2020年2月頃だった。飲食店需要が猛スピードで減少する不安のなか、岡さんは明るく振る舞い、諦めず、考え、動き始めた。まず実行に移したのは、冷静に現状を分析し、新しいニーズを探り、それまでにつながっていた人たちを起点に、SNSを通じて島の柑橘の魅力や食べ方を発信することだった。

 「『わらしべ。』が扱うレモンなどの柑橘は、都会の飲食店で使っていただいていましたが、出荷が止まり始めた。そのままだと大量の廃棄物になる。何とかしたいと、2月頃から正直に『困っている』とFacebookに書いてみることにしたんです」

 従来の飲食店向けの出荷が難しくなると判断した岡さんは、ただSOSを発信したわけではない。新しい顧客を想定して、「わらしべ。」が扱うレモンの魅力の発信も行った。例えば、2020年2月20日にはFacebookで、レモンを使った保存食づくりを提案している。

【栄養たっぷりの『島のレモン』をFB限定特価で届けます!】
 週末の3連休は皮ごと使える島のレモンで
「レモン仕事」をやってみませんか?
全国的にコロナウイルスの影響もあり、各地でイベントの中止や延期が相次いでいるようです
(中略)
今回は皮ごと使える栄養たっぷりの「島のレモン」をFBだけの特価でお届けします。
水や紅茶などにそのまま絞ってもらってもいいですし、
はちみつ漬けやシロップ、レモンカードなどちょっと一手間の「手仕事」を加えてもらっても美味しく楽しんでいただけます。
まずは栄養のあるものをしっかり食べる。
予防の一歩目として、ぜひ美味しいものを食べながら冬を乗り越えていきましょう♪
皮ごと食べれる『島のレモン』
3kg:2400円(800円/kg)
5kg:3500円(700円/kg)
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*税別・送料別
*1kgで7〜9個
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*今回のFB特価は明日(21日)まで
普段はこの金額では届けません(笑)
よかったらご近所さんともシェアなんかもおすすめです。
国産の美味しいレモンが1個100円かからないくらいで手に入りますので
ぜひこれを機会に試してみてください♪

 この投稿は、2020年2月22日(土)、23日(日・天皇誕生日)、24日(月・振替休日)の三連休を前に、3~10kgというまとまった量のレモンの販売をねらってなされたものだ。

 期間限定でFacebook特別価格を設定する方法も上手いが、特に筆者が感心するのは、スーパーで普通に売っているレモンと違い、農薬を使わず皮も食べられる特性を持つレモンをハチミツ漬けやシロップ、レモンカードに加工する提案を、「レモン仕事」という巧みなネーミングを使い行っていることだ。これは密を避け外出を控え、余暇の楽しみが少ない時期の「時間の使い方の提案」でもある。同時にもちろん、ビタミンたっぷりのレモンの摂取と健康、そして新型コロナの予防を呼びかけている。

 実にタイムリーに人の心をつかむ内容である。レモンに砂糖、バター、卵を加えてつくるイギリスのスプレッド「レモンカード」は高級なイメージ。保存食用ならカフェやレストランのスイーツ用にでも仕入れるメリットはある。個人で多めにつくり、瓶などに詰めて知人・友人にプレゼントする楽しみもある。そして実際、この投稿によって、500キロのレモンを2日の間に売りさばくことができたという。

 「人と人の接触がタブーとなる新型コロナウイルスは『人間関係を分断するウイルス』とも言われていますが、レモンの保存食を知り合いに配ることでコミュニケーションが生まれ、不安がなくなり、逆につながりが強くなったという人もいます。レモン仕事が人と人をつないだわけです」

 この1年、ほぼ毎日Facebookに投稿される岡さんの文章は、「新しい顧客」を意識して、「新しい食べ方・使い方(時には時間の使い方)」をタイムリーに提案するものが多数を占める。問い合わせや注文が入ると、岡さん自ら、きめ細かい配慮が行き届く文章でメッセージのやり取りをする。それが1日に何十通にも上る。

 面白いのは、どの投稿にも読者を思う優しいユーモアが散りばめられているところだ。

 味は申し分ないが、カタチが良くないため少し安価で提供する柑橘に岡さんは「ぶちゃいくちゃん」という可愛いニックネームを付ける。列島の多くが梅雨の曇り空に覆われる暗い日に「こちらをご覧ください!」と瀬戸内の青空とレモン、カラフルなカクテルの写真をアップする。寒い冬になると、身体をポカポカ温めるレモン料理の投稿をする。冬から春にかけて出荷する小ぶりで甘い「たまみちゃん」のシーズンには、同じ名前のミカンを取り寄せ感動した北国・秋田県の珠実(たまみ)さんとのやりとりをほっこりした文章で伝え、それを読んだ人たちからさらに注文が入った。

岡さんがFacebookにアップした写真の1枚。瀬戸内の青空をバックにしたレモンやカクテルの写真が目を引く
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 岡さんの投稿を読んでしあわせを感じた人たちが柑橘を取り寄せる。そんな日々の積み重ねが実を結んだ。緊急事態宣言が発令されたことで東京向けにはほとんど売れず廃棄される運命にあったレモン3,000kgは、さまざまなルートを通じて無事に完売となった。その時期に岡さんとやりとりをしてレモンを購入した人たちの多くが、「わらしべ。」の新しいファンコミュニティの仲間となった。

 飲食店を経営する筆者も岡さんからライムと「紅まどんな」を20kg単位で購入した。単なる営業メールではない心のこもった文章から、岡さんの肉声や瀬戸内の潮風を感じた。また、レシピ提案も実際に作ってみたところ美味しくて楽しく、いつしかリピーターになっていた。