つくり手とつかい手のイメージを合わせ、共にレベルアップする

島のレモン
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 コロナ禍の1年、岡さんは、早朝から畑で収穫して、日暮れから夜遅くまで伝票作成や箱詰め作業の日々が続いた。並行してFacebookによる販売と顧客とのきめ細かいやりとりに時間をかける。

 「大変でしたが、つくる人にとって『安心してものづくりが続けられる』環境づくりのお手伝いができていると思います。お金って、つくる人にとって次のシーズンへのかけがえのない『安心』です。届けたお客さまから入金があると、農家の方にできるだけ早く、できるだけ現金で手渡しするようにするのですが、届けた人の声や感想も一緒に伝えています。それを繰り返すことによって、つくり手は、つかい手がよりほしいものを作るために畑の土や栽培法を改良する。つかい手も活用のやり方を共有することでレベルを上げて、食べる人も喜び、全体に好循環が生まれる」

 Facebookを通じて顧客とのコミュニケーションを密に行い販売するだけではなく、岡さんは、食べた人の感想もつくり手の農家と共有する。

 岡さんはコロナ禍以前から、シェフやパティシエなどを島に招く活動を進めてきた。畑でつくり手の農家と対面させ、つくり手とつかい手の理想のイメージのズレをなくすことがねらいである。

 ある有名パティシエの岩城島訪問は、「わらしべ。」にとって大きな出来事だったという。

 「2019年4月に訪れたそのパティシエさんは、畑の中でもぎたての越冬完熟レモンを半分に切ってかぶりついて 『めっちゃ美味しいレモンですね!』と大声をあげ、続いて、つかい手としてのレモンの良さとして苦味や酸味、香りや糖度など、さらに具体的に感じたことを伝えてくれたんです。それまでは『レモンは酸っぱければいい』という古い価値観を持つ農家さんが多かったのですが、その時、初めて『東京でどんなレモンが求められているか』を具体的に感じたようです」

 越冬完熟レモンとは、樹上で越冬させることにより外皮の苦味が少なく、果肉の糖度が上がってスッキリした酸味が楽しめるレモンのこと。

 「その後、2020年1月の終わり頃に関西の一流焼肉店の方たちをレモン畑に案内する機会がありました。その頃には、つくり手さんが越冬完熟レモンの良さを理解しており、『もう少し待って桜の時期まで我慢するともっと美味しいですよ』と話してくれて、意識の変化を知りうれしかった。僕が越冬完熟レモンが良いと繰り返し言ってもなかなか理解されなかったけど、つくる人と飲食の現場の人が寄り添う機会を作ることで大きな変化が生まれた」

尾道に新しい販売と交流拠点。未来に広がる化学反応

 現在進行中の岡さんのストーリーは、工夫や苦労に見合った対価をもらって良いものをつくり続ける生産者と、食材を仕入れて料理に昇華させる飲食業や食品加工業、店やお取り寄せで食材や商品を購入して食べる客の3者がお互いを思いながらつながる持続可能なコミュニティの話だと感じた。そうして熟成・発酵された人の輪が、10年後、20年後の未来につながっていく。

 冒頭に触れた焼きとん店では、店の人もカウンターの客も「瀬戸内の島からレモンを届ける、頑張っている31歳の岡さん」を知っている。レモンサワーを飲むたびに、美味しく、一日の疲れが癒されるだけでなく、レモンを育てた農家さんにお金が回る実感もうれしい。そして、10年後も20年後もこのレモンサワーを飲んでいたいと思っている。

 「わらしべ。」のコンセプトである「つくる人とたべる人が、その心を思い合える関係を育てていくこと」は、それは筆者行きつけの焼きとん店でも実現しているし、岡さんのFacebookを見ると全国に広がっているとわかる。

 岡さんは2021年1月、岩城島から因島、向島を越えた本土・広島県、しまなみ街道の玄関口にあたる尾道市に「尾道BASE」という、さらなる販売と交流の拠点を作った。また地元・岩城島でも、大きな鉄板のある元・お好み焼き店に「岩城島BASE」を準備中だ。こちらは春頃にもオープンする予定という。どちらも空き物件の活用という地方の必須課題に向き合う動きといえる。

広島県尾道市に設けた販売・交流拠点「尾道BASE」の内観
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 「いま、岩城島のレモンを使ったスイーツやラーメンなどの商品開発が全国あちこちで動いています。『わらしべ。』を運営していると、高品質な食材をめぐりさまざまな価値や技術、ネットワークが面白い化学反応を起こす可能性を感じます。たくさんの人が、それぞれに歩んで蓄えてきた技術や知識や経験をアーカイブできる拠点を作ると、それらが融合してワクワクできることがたくさん生まれる。イメージとしては東西文明が融合したシルクロードなのですが、それをめっちゃ小さいスケールでやっていきたい(笑)」

人気ラーメン店、両国「胡座(あぐら)」が出している「わらしべ。」のレモンを使ったラーメン
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 「めっちゃ小さいスケールでやっていきたい(笑)」の笑いに、筆者は未来を感じる。一本の「わらしべ。」がどんどん価値のあるものにバージョンアップしながら、レモンや柑橘の果汁がほとばしる勢いで、人と人をつないで線となり、その線が縦に横に張り巡らされて面となり、さらに立体になって、より多くの人や地域に価値と笑顔を広げていくことだろう。

 31歳の岡さんは、10年後は41歳、20年後は51歳。彼が口にする「未来」という言葉にはリアリティがある。この春、彼の仕事をリスペクトする広島市の女性がフェリーに揺られ“瀬戸の花嫁”として岩城島にやってくる。

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筆者 須田泰成(すだ・やすなり)
1968年、大阪生まれ。コメディライター&プロデューサー。テレビ、ラジオ、WEBの番組やコンテンツの脚本、構成、プロデュース多数。「スローコメディ広告社」代表。20歳の時に世田谷区経堂へ。2000年に、経堂の個人店と文化を活性化するプロジェクト「経堂系ドットコム」を立ち上げる。WEB「みんなの缶詰新聞」編集長。「経堂経済新聞」編集長。著者に『モンティパイソン大全』など。