「いぎなり東北産」とのコラボで見えた新展開

 松友さんが出会ったのは「いぎなり東北産」という、女性によるアイドルユニットである。

 「いぎなり」とは、宮城県の方言で「たいへん、とても、すごく」という意味。構成メンバーは全員、東京の芸能事務所であるスターダストプロモーションの東北地区のレッスン生で、メンバー全員が東北出身者。なお、スターダストプロモーションは人気アイドルユニット「ももいろクローバーZ」が所属することでも知られている。

「いぎなり東北産」のメンバー集合写真(写真提供:スターダストプロモーション)
「いぎなり東北産」のメンバー集合写真(写真提供:スターダストプロモーション)
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 16歳から20歳のメンバーが歌うのは主に、ビートの利いたロック調のポップス。「伊達サンバ」や「天下一品〜みちのく革命〜」などの曲名や歌詞には東北の歴史や地名からの引用もあり、地元の祭りや民俗的な要素が音や振り付けに盛り込まれている。スピード感のあるフレッシュなパフォーマンスに、純朴で独特な東北風味が加わっているのが面白い。

 筆者はYouTubeで公開されている彼女たちのライブを、40インチの液晶モニターに映し出して視聴した。彼女らが歌い踊り舞う姿には素直に感動した。ライブであれば、その感動はなおさらに違いない。

ライブの様子(写真提供:スターダストプロモーション)
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ライブの様子(写真提供:スターダストプロモーション)
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ライブの様子(写真提供:スターダストプロモーション)

 しかも、彼女らは東北を地盤とし「東北を盛り上げること」をミッションとして掲げているのも見逃せない特徴だ。

 「コロナ禍に入ってから、YouTubeでうまくプロモーションしていく施策を検討し続けてきました。しかし、弊社のニーズにマッチしており、かつ東北という地域と若い世代の両方に訴求できるものに出合えなかった。そんななかで昨年(2021年)春、仙台在住の知り合いから、「いぎなり東北産」の存在を教えられたんです」

 松友さんはアイドル業界とは全く接点がなく、「いぎなり東北産」の名前も初耳だった。しかも、彼女たちは大手メディアへの出演や大規模なライブの開催といったメジャーなキャリアは持っていない。また、公式YouTubeチャンネルの登録者数は当時1万人程度。企業のマーケティングパートナーとしては正直、少ない数値と言わざるを得ない状況だった。

 しかし、彼女たちのことを調べ始めると、「このグループは面白い」という感覚が湧いてきたという。

 「知名度はそれほど高くないのですが、歌もダンスもレッスン生とは思えないくらいレベルが高い。また、ファンの熱量もすごいことが分かってきたんです。仙台のメディア関係者に聞いてみたところ、『東北産のファンはすごくいい人が多い、マナーも良くて、言うなればプロのファンだ』といったポジティブな回答しか返ってこなかったのも印象的でした。調べれば調べるほど、グループの成長と人気の勢いを自分なりにも感じられました」

 「また、彼女たちの今の目標は『武道館コンサートを成功させる』ことなのですが、そこに向かってファンも一丸となっている。東北と武道館にかける思いに感動を覚えたこともあり、コラボの依頼を決めました」

驚きの「コンバージョン率」

 コラボの第一弾は、2021年9月6日、いぎなり東北産公式YouTubeチャンネルに公開された動画である。「いぎなり東北産」のメンバー3人が木の屋の美里町工場を見学。缶詰やクジラ肉などの直売所、工場の見学通路を経て、缶詰の試食をする様子が流された。

 「カメラが回っている時でも、またカメラが回っていない時でも、人の目をまっすぐ見て話す、とても礼儀正しい女性たちでした。弊社の缶詰もイワシ、サバ、サケ、クジラ大和煮などの定番から、マグロやカレイの縁側、珍味のホヤに至るまで、素直なかわいいリアクションで食べておいしいと言っていただき、好感が持てました」

木の屋が提供したYouTube動画「【隠し撮り】初めての企業案件!だと思ったら…【いぎなり東北産】」のワンシーン(出所:いぎなり東北産公式YouTubeチャンネル、スターダストプロモーション)
木の屋が提供したYouTube動画「【隠し撮り】初めての企業案件!だと思ったら…【いぎなり東北産】」のワンシーン(出所:いぎなり東北産公式YouTubeチャンネル、スターダストプロモーション)
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 動画の視聴回数は約1万。それほど多い数字ではない。しかし、動画のコメント欄には、番組内容への感想と同時にメンバーが推した缶詰を「食べてみたい」「ポチポチしました(=ネット通販の注文をしましたという意味)」「ふるさと納税で発注しました」などのコメントがたくさん書き込まれ、予想を上回るリアルな購買につながった。

 実は、木の屋は別の手も用意していた。登録者数約1万人(当時)のいぎなり東北産公式YouTubeチャンネルと並行して、それぞれ登録者数10万人を超えるユーチューバー2人(ここでは仮に「A」と「B」とする)にも、同種の動画制作を依頼していた。

 結果を見ると、YouTube動画から商品を購入した人の割合(コンバージョン率※)は、意外にも次のような結果だった。

※YouTube動画の概要欄に木の屋のネット通販(EC)サイトのリンクを掲載しておき、記載のリンクをクリックして木の屋のECサイトで購入に至った人の割合を指す

・A:0%
・B:0.7%
・いぎなり東北産:8.5%

 単純な比較はできないが、ECサイトに来訪した人のコンバージョン率は、一般的に3%が指標とされている。それを踏まえつつこの結果を見ると、いぎなり東北産公式YouTubeチャンネルのコンバージョン率は圧倒的に高いことが分かる。この「いぎなり東北産効果」は、ファンの熱さが数字に表れたものと言っていい。

「東北産」の濃いファンコミュニティが助けてくれた

 世間ではネットマーケティングが盛んに行われている。その延長線上で、SNSで影響力のあるインフルエンサーの力を借りる「インフルエンサー・マーケティング」が支持されているのはご承知の通りだ。

 ただ、松友さんは先に述べたアクションの結果を踏まえて、次のように語る。

 「確かにインフルエンサーの力は見逃せません。しかし、見かけ上のフォロワー数などが少なかったとしても、ネットだけでしか会えないインフルエンサーとは異なり、ネットに加えて実際にライブ会場でリアルに歌い、踊り、ファンに笑顔を見せながら頑張るアイドルの底力も見逃せません。「いぎなり東北産」ならではの特徴かもしれませんが、本人たちのメッセージがファンに伝播していく熱量や密度、そこから転じてファンの意識や行動に与える影響力は、見かけのフォロワー数以上に大きいと分かりました」

 このコラボ施策以降、いぎなり東北産公式YouTube公式チャンネルで公開される動画には、木の屋が度々登場するようにもなった。「いぎなり東北産」のメンバーが木の屋の缶詰を個人的に気に入った場合、時々、メンバー自身がSNSに缶詰や木の屋のことを投稿するという。それを見たファンたちが、さまざまに反応することから、新しい波及効果を生んでいる。

 「『いぎなり東北産』のファンの『皆産』(ファンの総称)は、SNSを通して弊社の名前を単に知るだけでなく、彼女たちがきっかけで弊社の直売所に来てくださる、石巻市のふるさと納税に申し込んでくださる、県外の方が弊社の商品を見つけて買ってくださるなど、具体的な行動に移すケースが多いんです。そのうえ、『おいしかった』という感想とともにSNSに投稿してくださる。『いぎなり東北産』とコラボして生まれたこの広がりは、非常にありがたい。SNSマーケティングでしばしば理想型として掲げられる、UGC(ユーザー独自の投稿)の増加にうまくつながっていると見ています」

 「いぎなり東北産」のファンには、20代などの若い層や女性も多いのが特徴だ。それもまた木の屋がリーチしたい顧客層と合致していた。

 さらに言えば、「いぎなり東北産」のファンは東北地方在住者に限らない。三重県や滋賀県在住のファンが、仙台市内で開催されたいぎなり東北産のライブに来た後、併せて木の屋の工場直売所に来訪したこともあるという。

 同じ宮城県内といっても、仙台市内から木の屋の工場直売所までは、なかなか骨の折れる行程である。在来線で最寄り駅まで約45分、しかも駅から工場までの距離は5㎞、周りには田んぼしかない。それでも木の屋の工場にまで足を運び、投稿する。県外のファンが地元で木の屋の缶詰を見つけて、「いぎなり東北産」メンバーのサインなどとともに、「木の屋さんの缶詰を買いました!」と投稿するケースも珍しくないという。