きっかけはまちの「酒場」カウンターだった

 美味しいお酒を飲むのが好きという大西さんは、2000年から中野のまちの酒場を巡ってきた。無料塾を始めたのは、そんな酒場のカウンターがきっかけ。2012年、通っていたバーの店主から「塾の費用が高くて大変」と相談を受け、社会人家庭教師として店主の中学生の子どもを格安で教えることになった。しばらくすると、勤めていた出版社から独立してフリーランスになり、時間調整しやすい環境になった。他にも相談してくる人がいて、3人の生徒を掛け持ちで教えることに。その時、学校教育現場の大きな矛盾に遭遇する。

 「ある生徒を教えていると、公立小学校に通う妹のクラスが学級崩壊を起こしているというんです。原因は有名私立中学をめざして進学塾に通う児童のグループ。自分たちは学費の高い塾で放課後に勉強しているから、とふざけて授業中に騒ぎ、おかげで、ほぼ2年間授業がストップ。勉強が遅れて、中学受験をしない子まで塾にいく必要が生じてきたけど、お金がない家の子は塾に行けない。その時のちょっとした怒りみたいなものが無料塾をつくろうとしたきっかけです」

よもぎ塾での指導の様子
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 「学校もすぐには変われないし、追い込まれて苦しんでいる先生も少なくない。教育がビジネス化していて、何をするにもお金がかかる状況も変わらない。どこにも救われず、こぼれ落ちてくる子に手を差し伸べるのは第三者しかいないと思ったんです」

 2014年1月、当時既に5年の運営実績があったNPO法人八王子つばめ塾の小宮位之理事長に連絡を取り、運営について話を聞いた。そして、「無料塾を始める」と、知り合いに声をかけ始めた。

 「ボランティアで勉強を教えるサポーターは、仕事関係のデザイン会社の社長さん、ライターの友人などが名乗りを上げてくれました。新大久保のバーで飲んでいて隣り合った初対面の人に無料塾の話をすると、意気投合してスタート時の副代表になってくれました。他にも、バーで話を聞いてくれた人たちが、飲んだ後に五千円札や一万円札の寄付をしてくれて、これが教材費など、立ち上げ時の資金になったのが有り難かったです」

 2014年3月14日、大西さんは「無料塾『中野よもぎ塾』中学生の生徒さんを募集します!」というブログ記事を書いた。4月6日、桜満開の時期に説明会&面談会を開き、中野区初の無料塾が立ち上がった。

 NPOなど法人にしなかったのは、民間の有志が集まって大人も子どもも一緒に「場」をつくったという形にしたかったから。そのスタイルは今も続いている。

日々の積み重ねが心を動かすドラマを生む

 大西さんがブログを立ち上げ、ツイッターで発信すると、少しずつ生徒が集まってきた。

 初めの3年間は、なぜか過酷な家庭環境の生徒が多かったという。

 「スポーツ好きで、高校の全国大会に出たいから私立の強豪校に進学したいという男子生徒がいました。その子は弟たちともバラバラに暮らし、中学卒業後は住むところがどうなるかわからないほどの境遇でした」

 たまたま学費だけは何とかなりそうだったが進学塾に行く余裕は全くない。その高校でスポーツをするには、当然ながら合格する必要がある。

 「失敗できないという悲壮感を漂わせていましたね。週末の授業の後、大人たち一人ひとりに『平日に勉強を見てくれる人はいませんか?』と、声をかけるんです。その子にほだされて、毎週、千葉から中野区に来る人も現れました」

 その男子生徒は、頑張って志望校に合格。希望の運動部に入り、全国大会に出場。卒業後、一流企業に就職した。

 「その子が大学に進まなかったのは、早く働いて弟たちを支援するためでした。その子がきっかけで始まったのが、中野駅前の喫茶店やファミレスなどを利用して行う平日の個別学習。回数が増えると、勉強も進むし、生徒とのコミュニケーションも上手くいく。すごく良いムードメーカーになってくれて、彼のおかげで塾の基礎ができたように思います」

 話を聞きながら、思わず目がしらが熱くなった。大西さんの活動は、日々の積み重ねから心を動かすドラマを生んでいる。

無料塾というサードプレイスが「分断の時代」に人をつなぐ

 今年(2021年)3月、中野よもぎ塾の中学3年生は、全員が志望校に合格した。

 「年によって違いますが、大体、合格します。でも、大事なのは受験勉強を通して頑張る力を身につけることです」

 「4年前から、平日の個別学習を自宅で行い、受験生を呼んで勉強して、ご飯を食べさせています。今はコロナ禍だから毎回2名ずつですが、前は3〜4名でした。同じ受験生という立場の二人を誘うことで『一緒に頑張りたい!』みたいな雰囲気になるのがうれしいです」

 生徒が自習を始めると、大西さんは隣の自室で仕事をする。そこで自然と聞こえてくるのが、二人が勉強しながら意見を交わし、思いやり、励ましあったりする会話。受験が単なる競争ではなく、人と人とのつながりを育てる熱いものになっている。そうして共に勉強した塾生たちは、卒業してもつながり続けるという。

 そんな大西さんは、この7年間の教え子とは、ほぼ全員連絡が取れる状態にある。「うちは人間関係が途切れないんです。高校を卒業して専門学校に入った瞬間にボランティアで戻ってくる子とか、みんな気にかけて帰ってきてくれる。2月だったかな、仕事してたらピンポンと家の呼び鈴が鳴って、ドアを開けたら、3学年分の卒業生たちが『ヒマだから来た!』とか言うんです、私は忙しいのに」と笑う表情は、実に幸せそうだ。

 大西さんの活動を見ていると、単に合格をめざすだけではなく、生徒たちの生きる力、人とつながる力を育んでいるようにも思える。

 そんな中野よもぎ塾の活動は、地域団体からも注目されている。

 「中野区の社会福祉協議会とは、最初はスペースをお借りするという関係でしたが、区が困っている小学生の学習支援をしようというタイミングで、社会福祉協議会がその小学生の部門を担当することになり、私たちに意見を求めてこられたのです。その頃から(社会福祉協議会との)連携がより良くなってきましたね」

 大西さんは2021年4月17日、なかのZERO(大ホール)にて行われた中野区社会福祉協議会主催のシンポジウムに招かれ、「コロナ禍の生活困窮者支援」についてのテーマトークに登壇した。そして、2020年3〜6月の全国一斉休校期間に導入したオンライン指導、受験生の入試・模擬試験代を塾で一括負担していること、大西さんが広報を務める区内の子ども食堂「上高田みんなの食堂」と連携するフードパントリーの活動、全国の無料塾の情報交換・交流会「無料塾シンポジウム全国大会」をオンラインで主催したことなどを話した。

 中野よもぎ塾の周りには、生徒、社会人や学生のボランティア、活動資金を寄付してくれる酒場の客、店主などまちの人々だけでなく、企業や地域もつながり、豊かな人と組織の輪が形成されている。

 筆者が見ていて素晴らしいと思うのは、生徒たちにとっての中野よもぎ塾が「一生もん」のコミュニティになっているところだ。これから結婚して子どもを連れて挨拶にくる人もいるだろう。社会人になって大西さんと酒を酌み交わし、寄付をする立場になる人もいるだろう。サポーターの皆さんもボランティアで教える活動を通じて、与えるだけではなく、実は、自分らしくいられる居場所や仲間を与えられている。

 家庭でも学校でも会社でもなく、社会の未来を創る場所──「サードプレイスとしての無料塾」に、豊かなマイクロコミュニティの姿を見た。

筆者 須田泰成(すだ・やすなり)
1968年、大阪生まれ。コメディライター&プロデューサー。テレビ、ラジオ、WEBの番組やコンテンツの脚本、構成、プロデュース多数。「スローコメディ広告社」代表。20歳の時に世田谷区経堂へ。2000年に、経堂の個人店と文化を活性化するプロジェクト「経堂系ドットコム」を立ち上げる。WEB「みんなの缶詰新聞」編集長。「経堂経済新聞」編集長。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、『蘇るサバ缶』(廣済堂出版)、『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。

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