高知県の田舎、最後の清流と言われる四万十川中流域の山あいに、刺激的な店がある。その名は「ライフショップまつした」。年中無休で早朝7時からの営業。生活に必要なものが何でもそろうのが特徴だ。過疎地の暮らしを支えているだけでなく、東京でも珍しいビールやワイン、本格的なタイ料理など、魅力的な商品も多い。たった42坪の規模ながら「田舎の百貨店」と呼ばれ、県外のファンも増やしている。店を切り盛りするのは、元役者の夫と、元コックのタイ人の妻という国際結婚カップル。過疎化が進む地域に希望の明かりを灯す事例を取材した。

 「高知の田舎に年中無休の小さなすごい店がある」と聞いて、四万十川中流域の山あいにある「ライフショップまつした」を訪れたのは、2022年4月中旬、平日の午後3時過ぎのことだった。

 高知県須崎市から愛媛県宇和島市に至る国道381号線を四万十川に沿って走り、支流の久保川沿いの道に入って100mほど進む。山に挟まれた川沿いの小さな平地に「ライフショップまつした」があった。

高知県四万十町久保川の山あいにたたずむ「ライフショップまつした」(写真:木村聡)
高知県四万十町久保川の山あいにたたずむ「ライフショップまつした」(写真:木村聡)
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 1919年に、初代の松下長次さんが「周辺地域の配給所」として始めた店。売り場面積は42坪で、規模感は少し大きめのコンビニという印象。周辺に見える民家は数軒で、どう見ても人口が多い土地とは思えない。

 しかし、店に入って驚いたのは、コンパクトな売り場に生活に必要なものが何でもそろっていることだった。食品棚を見ると、都市部のスーパーにあるものと遜色ない。野菜は、近所の農家から届く採れたてが一袋100円。さらに、文房具、洋服、線香、殺虫剤、洗剤、日曜大工用品、園芸用品、化粧品、荒物、陶器、ミシン用の糸、ボタンなど、生活に必要なあらゆるものが並ぶ。

 軍手や手袋は、一般家庭のキッチン用だけでなく、耐油性のある重作業用まで用意されている。殺虫剤にはムカデ用もあり、山あいの暮らしを想像させる。食品スーパーとホームセンター、ドラッグストアの薬品以外の売り場が一つにまとまったような印象を受けた。

「ライフショップまつした」の売り場棚。手前に並ぶのはセレクトされたタイの商品(写真:木村聡)
「ライフショップまつした」の売り場棚。手前に並ぶのはセレクトされたタイの商品(写真:木村聡)
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 さらに驚いたのは酒類のコーナーだ。高知の地酒のほか、世界的な賞に輝いたドイツビールでビール好きには有名な「プランク・ヘラー・ヴァイツェンボック」など、マニアックなビールやワインがさりげなく冷蔵ショーケースに並んでいる。

 ワインは、「マキコレワイン」という普通には入手が難しい品が置いてある。マキコレワインとは、ワイン界で著名な金井麻紀子さんがセレクトしているワインのこと。金井さんは、仏ボーヌ国立農業専門学校でワイン造りから販売までを学び、デュプロム(醸造責任者の国家資格)を取得後、同校で醸造専門のコースも修了したとされる。選び抜かれた生産者の手によるマキコレワインは仕入れが難しいということでも知名度が高い。

 総じて、酒はこだわりのある客にも応えられるラインナップ。少し離れた自宅から車を走らせて買いに来ようという客がいてもおかしくない。

 レジの周辺も刺激的だ。バックヤードにプロ仕様のキッチンがあり、レジ脇に本格的なタイ料理の弁当と惣菜が並ぶ。近くにタイ料理の食材コーナー、タイのパンツやシャツなどの衣料品コーナーもあった。

幅広い層の客足がゆっくりペースで途切れない

 そんな「ライフショップまつした」にいて気づいたのは、ゆっくりとしたペースなのだが客足が途切れないことだった。

 自動車やバイク、自転車、徒歩。会計の際に店の人と楽しそうに談笑する人が大半。店の窓際にあるカウンターのコミュニティスペースでは、コーヒーマシンの入れたてコーヒーを飲み、くつろぐ人もいる。県外ナンバーのバイク客は、ツーリングの途中に立ち寄ったとひと目でわかった。

 人影の少ない山あいの小さな店に、素敵な賑わいがあった。

 その秘密は、9年前から3代目として店を切り盛りするオーナーの松下洋平さんと、タイ人の妻、シーナーンエーム・ウィモンさんという共に35歳のカップルの存在だった。

 二人の話も店のつくりと同じく、刺激的かつドラマチックだった。

松下洋平さんとシーナーンエーム・ウィモンさんご夫妻(写真:木村聡)
松下洋平さんとシーナーンエーム・ウィモンさんご夫妻(写真:木村聡)
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役者を経験後、親戚の店を事業継承

 松下さんは四万十町が地元なのかと思いきや、実はそうではない。

 「ぼくの生まれ育ちは山ではなく海沿い。漁師町の土佐清水(※)出身なんです。おじいちゃんは漁師で、もともとの苗字は入吉といいます。この店は叔母の嫁ぎ先で、その縁で子どもの頃、夏休みに家族や両親の友人たちとこちらに来て、キャンプなどをして過ごしていました。雄大な四万十川の風景は素直に感動しましたし、海沿いでは決して味わえない山の朝の寒さや静けさ、四万十川で冷やしたスイカを皆で食べたりしたのをよく覚えています」

※土佐清水市は高知県南西端に位置する市で、足摺岬などがある
店から車で10分ほど走ると、四万十川に沈下橋が架かる風景を見ることができる。沈下橋は、川の増水時には水面下に沈むことで知られる(写真:木村聡)
店から車で10分ほど走ると、四万十川に沈下橋が架かる風景を見ることができる。沈下橋は、川の増水時には水面下に沈むことで知られる(写真:木村聡)
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 高校を卒業すると、松下さんは役者になりたいと思うようになった。さまざまな職業を演技を通じて体験できるという理由からだ。東京と大阪でさまざまな舞台やミュージカルなどにも出演。同時に、都会の飲食店でのアルバイト経験を通じて、多様な食文化と出合う。この時にビールやワイン、日本酒への造詣も深めた。

 「役者としての暮らしは厳しいところもありましたが、楽しかったです。20代の半ばを迎えた頃、親戚が経営する『ライフショップまつした』が後継者問題に直面していて、そこで面識や交流もあったぼくに、『事業の後継者として来てくれないか』という話が来たんです」

 松下さんの脳裏に、子どもの頃に過ごした四万十川の楽しい思い出が蘇った。同時に、店と周辺地域の状況の話を聞くうちに、「ライフショップまつした」がなければ生活ができない人たちが地域に大勢いる深刻な現実を知った。

 「自家用車でまちのスーパーに行くことができない地域の高齢者にとっては、うちの店がまさにライフラインになっている。なので、ぼくが店を継がないと、食料や日用雑貨の入手が大変難しくなり、多くの人がとても困るということがわかってきたんです」

 松下さんは、事業の後継者になることを決め、松下家へ養子に入って本格的に事業承継をすることになった。