新型コロナウイルスの影響で大打撃を受けている外食産業。苦境の中、個人飲食店が始めたのは料理のテイクアウト販売だった。しかし今や過当競争の様相である。そんななか、東京都世田谷区の経堂エリアでは、小さな焼きたてパンの店が周囲の店をじわじわ盛り上げ、笑顔の数を増やしている。その驚くほど素朴な方法とは。

 新型コロナウイルスの影響で特に売り上げが激減した飲食の業態は、夜、酒を飲ませる居酒屋やバーだった。外食産業の動向を分析したレポートを見ると、緊急事態宣言が出された2020年4月の間は、ワタミや鳥貴族といった居酒屋チェーンの売り上げが、前年同月比1ケタ%台という壊滅的な数字であった。

 それはお酒を提供する個人飲食店も同じで、店舗が自分の持ち物でもない限り、家賃や人件費があるため、給付金をもらっても状況は苦しい。そこで、少しでも売り上げを確保するため、多くの店が始めたのが料理のテイクアウト販売だった。しかしその頼みの綱も5月の連休が明けると、大手チェーンの居酒屋やカフェにいたるあらゆる店が参入して過当競争となり、厳しくなった。

 そんな状況のなか、筆者が暮らす東京都世田谷区の経堂エリアでは、商店街の外れの小さな焼きたてパンの店が驚くほど素朴な方法で周囲の店をじわじわ盛り上げ、笑顔の数を増やしている。

 経堂のまちでは、新型コロナウイルスの影響が顕著になった3月からテイクアウトを導入する個人飲食店が増えた。店内飲食をする客数が激減したためである。夜の営業がメインである飲食店の多くが、持ち帰りメニューの販売を増やし、少しでも売り上げの足しにしようと考えたのだ。

 当初、この界隈はテイクアウト営業をするには恵まれていた。都心に通う勤め人が多い住宅街であるため、3月に入ると自宅でリモートワークをする人が増えた。顔見知りの20代〜50代の会社員や公務員の人たちが次々に在宅勤務となり、昼間、まちにいるようになった。通常、この時間なら都心のオフィスビルで働いている人たちを、商店街で多く見かけるようになった。通勤ラッシュの朝7時〜8時頃の遊歩道には、マスク姿でウォーキングする人が行き交う。エリアの昼間人口の増加は明らかだった。

 昼間人口の増加は始まったばかりのテイクアウトの追い風になった。いつもは都心で昼休みを過ごす人たちにとって、地元の持ち帰りランチは新鮮だったようだ。「入ったことのない店の料理を味わえる」という物珍しさも伴い、作って並べれば売れる現象も起き、テイクアウトに希望を見出す店が少なくなかった。

 だが、5月の連休後から風向きが変わった。緊急事態宣言が5月末まで伸びたことで、大手チェーンの居酒屋までもが昼間から弁当や総菜を売り始め、新たな店の参戦が増え、いたるところに「テイクアウトやってます」の文字が踊るようになり、明らかな過当競争になったからだ。スーパーやコンビニも店頭にわざわざ「テイクアウトあります」の文字を大きく掲げるようになった。そもそも個人店の幕の内弁当が平均800円するのに対し、一括大量仕入、大量生産、大量販売のシステムを持つスーパーやコンビニは400円台から。まともに戦っても勝てるわけはない。

 しかし、そんな流れにも関わらず、5月に入っても変わらずテイクアウト営業を続け、むしろリピーターがじわじわ増えている個人店もあるとわかった。調べてみると、ほとんどの店が経堂城山通りの焼きたてパン店「onka(オンカ)」とコラボをしているのだった。

経堂城山通りの焼きたてパン店「onka(オンカ)」(写真:筆者)
経堂城山通りの焼きたてパンの店「onka(オンカ)」(写真:筆者)
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 onkaのコラボ。それは、近隣の店のテイクアウト料理を買って、焼きたてのパンにはさみ、サンドイッチや総菜パンにして売るという素朴でシンプルなものだった。

「そうだ! うちのパンにはさんでしまおう!」

 経堂城山通りで焼きたてパンを売るonkaは、パン好き女子には知られた存在だ。店を切り盛りする下山亜紀子さんは、30歳の時に会社員を辞め、パンの世界へ。ベテラン職人の下での修業を経て、表参道の有名店「パンとエスプレッソと」に入り、2014年から系列店である「onka」の2代目店長となった。

onka店内にて。下山亜紀子さん(左)と夫の己浩(みひろ)さん(写真:筆者)
onka店内にて。下山亜紀子さん(左)と夫の己浩(みひろ)さん(写真:筆者)
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 そんな下山さんのストーリーはWebマガジンなどに掲載され、筆者の周りにも憧れの目で店を語る20代〜30代の女性がいたりする。もちろんパンがおいしいことは言うまでもない。パンの特徴は、あくまで筆者の感想だが、小麦をはじめ素材の味がしっかり感じられて、総菜パンやサンドイッチも具材とのバランスもよく、毎日食べても飽きない自然で優しくて、おいしいパンなのだ。

 そして5月の連休明け、近隣の店が「テイクアウトが売れなくなってきた」と悩み始めた頃、近所の人から「onka さんがテイクアウトを仕入れてサンドイッチや総菜パンを作っている。インスタグラムやツイッターに可愛い写真をたくさんアップして楽しそうで、そこは逆にまだテイクアウト祭りが続いているみたい」という話を聞いたのだ。

 「市場の流れに反してテイクアウトを盛り上げている」ことに興味が湧き、早速、アポを取って店にうかがった。出迎えてくれた下山さんに「コラボサンドすごいですね!」と声をかけると、屈託のないマスク越しの笑顔とともに、こんな言葉が返ってきた。

 「はさんでみたら何でもはさめちゃうもんですねー!(笑)」

 筆者は、まずその明るさに意表を突かれた。コロナの影響で暗くなりがちな世の中なのに凄いと感じた。コラボサンドや総菜パンを始めた理由も、屈託のない明るさに満ちていた。

 「実は当店も新型コロナウイルスの影響は大変です。スタッフもいるし、かなりの影響を受けています。暗くなりがちな時期ですが、それでも前向きに進みたいと思った時に、経堂のまちの良さをあらためて感じたんです。この界隈は世田谷なのに下町っぽいというか、店で働く人やお客さんの顔が見えて、近過ぎず遠過ぎず、いい距離感のつながりが生まれることが多いですよね。経堂には、ユニークな展示を行い、経堂界隈のアート好きが集まる『芝生』というギャラリーがあります。私はそこで開催されたサイクリングマップのイベントなどを通して、この6年でいろんな店の人やお客さんと仲良くなりました。今年3月末頃から地元のつながりを活かして何かできないかと考え始めて、近所のお店のテイクアウトを買って食べて、おいしいなぁと思い、『そうだ! うちのパンにはさんでしまおう』(笑)! そうひらめいたんです!」(下山さん)

 近隣飲食店のテイクアウトメニューを仕入れて作るコラボサンドイッチや総菜パンを販売するアイデアは、そうやって生まれた。