新型コロナウイルスの影響で宿泊客ゼロ。そうした状況に追い込まれた大阪下町の小さな宿が、飲食店を集めて行った食のイベントが話題だ。集客の目玉は、高級食材や有名アートや芸能人ではなく、なんとポテトサラダ(ポテサラ)。好みのポテサラを求めて集まった若い世代の客たちが、イベント後に参加店を訪れ、SNSや口コミで発信することで、新しい人の流れができはじめているという。たかがポテサラ、されどポテサラ。コロナ禍で起きたミラクルを取材した。

 2020年7月。本来ならば今頃、東京五輪をきっかけに集まった世界中からの観光客が、全国の宿泊観光施設を連日大入りにしているはずだった。しかし現実を見ると、2月以降の新型コロナウイルス感染拡大の影響が大きく、観光業や飲食業においては激減の一途をたどる客数と売り上げが7月になっても戻らず、廃業も相次いでいる。

 今回のコラムの舞台となる大阪府は、関西国際空港があり京都や奈良へのアクセスも良いため、東京都に次いで海外の観光客数が多く、インバウンド依存度が高かった。それだけに新型コロナウイルスによるダメージが甚大だ。かつては中国人観光客で賑わっていた、フグの巨大看板が有名な観光シンボル「づぼらや」がこの9月をもって閉店するなど、暗いニュースが続く。

 しかし、そんな緊迫感のある大阪で、小さな宿が主催するグルメイベントが街場の冷え切った経済を回し始めていると聞いた。意外な主役は、なんとポテトサラダ、通称ポテサラ。イベントを主催した宿のオーナー、楠原陽子さんが語るエピソードは創意工夫と笑いに満ちていた。

4ヵ月も宿泊客ゼロ、解雇された料理人の間借りレストランを活用

 「いや〜、実はうちも3月から6月いっぱいは、宿泊のお客さんがゼロやったんです〜」

楠原陽子さんが2018年から営む宿泊施設「HOSTEL NAGAYADO OSAKA」の入り口。2020年7月4日に開催した「ポテサラサミット2020」の開催日に撮影(写真撮影:楠原陽子さん)
楠原陽子さんが2018年から営む宿泊施設「HOSTEL NAGAYADO OSAKA」の入り口。2020年7月4日に開催した「ポテサラサミット2020」の開催日に撮影(写真撮影:楠原陽子さん)
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 初めてお会いした楠原さんは、意外な明るさでビジネスの現況を教えてくれた。2018年から営む宿泊施設「HOSTEL NAGAYADO OSAKA」は、大阪湾を臨む下町、大正区三軒家西にある。70mほど北を淀川水系の一級河川・尻無(しりなし)川が流れ、夏の夕暮れ時に満潮を迎えると周囲を潮の香りが漂い、海が近いことを感じさせる。

 この尻無川と、その東側に流れる木津川との中州地域には、明治時代から金属加工、機械製作などの工場が立ち並び、労働者が暮らす長屋の密集地域でもあった。HOSTEL NAGAYADO OSAKAは、三軒家西という地名そのままに、大正9年築の三軒長屋の一部をリノベーションした宿。その佇まいと周辺の雰囲気は、東京都の中央区佃島、月島を思わせる。明治期に造船業の中心地となり、かつて工場労働者が暮らした長屋のリノベーションが人気のエリアだ。

 「わたしは不動産が専門。泉建設という会社で、大正区、港区の空き家対策やリノベーションの仕事で、この界隈に深く関わってきました。近所のおかあさんが『ゴメン、おかず作り過ぎてん』と大量の惣菜を突然持ってきたりする濃い近所づきあいが残っているのも好きで、ここにハマりました(笑)。

 宿は、元々あった三軒長屋の左右が削られて真ん中だけが残った物件で、仲介会社を通じてオーナーからいきなり『買ってください』と言われて(笑)。初めは面食らいましたが、玄関から奥の庭を見たら『こういう感じのところに泊まったら気持ち良さそう』と思い、会社に掛け合うと買い取ってくれたので、リノベーションして自分が経営する別会社『わだつみ』でホステルとして経営することにしたんです」

 徒歩5分の近場に京セラドームがあることも幸いしてコンサート客が多く、2年前の開業以降、春と秋には海外の客も増えた。リピートするうちに一緒にご飯に行くようになった韓国からの客もいる。しかし、3年経って運営にも慣れて、これからという時に新型コロナウイルスの感染拡大が起きた。

 「3月から6月までは客数ゼロでしたが、私が自宅兼用でホステルの上に暮らして、なんとか会社に家賃を払えている。規模が三軒長屋の一軒分と小さいから耐えられる」

 しかし、時が経つうちに楠原さんの周囲でも異変が起きてきた。

 「わたしの趣味は食べ歩き。しかも、中華とかイタリアンとか特定のジャンルで『この店』と決めたら浮気せず、一軒に通い続ける習性があって(笑)、お店の人との付き合いが長く深くなる傾向があるんです。なので、コロナが長引くにつれて、親しい人たちの厳しい状況がリアルに伝わってくるようになりました」

 自分のホステルも大変だが、彼らのために何かできることがないか。そう考えはじめた楠原さんは、客のいない静かな庭でコーヒーを飲んでいる時、ふと「この雰囲気をシェアしたい」と思った。それが、金・土・日曜日に、1日1組限定で5000円ランチが食べられるレストランイベント「庭でごはん」のアイデアとなった。

 HOSTEL NAGAYADO OSAKAで6月にスタートした同イベントのシェフは、コロナの影響で店を解雇された友人の料理人・ケンタローさん。雰囲気の良い庭で密を避けて、手の込んだランチを満喫できるのが受けて、毎回予約で埋まり、家族やグループ客も増え、ソーシャルディスタンスを保ちつつ賑わいが生まれている。