予約の取れない人気店の「客ゼロ」にヤバさを感じて

 「とにかく一歩を踏み出せてよかったです。やっぱり料理人はお客さんに食べてもらうからこそ料理人。ただ、5月末に緊急事態宣言が明けた後でも、そこまで何とか耐えしのいだ馴染みの店にお客が戻っていない現実を知りました。緊急事態宣言が終わって、これから再開という段階になっても、親しいお店は苦戦していました。『ここは大丈夫やろう!』と、予約の取れないことで有名な店に行くと、他のお客が全くいない貸切状態。聞いてみると、お金を持っている高齢のお客さんがコロナを怖がって戻ってこない。いくつかの店について、『新しいお客さんたちとつながらないとつぶれる。ヤバイ』と感じました」

 イベント「庭でごはん」を成功させた楠原さんは、親しく付き合う店とともに何かできないかと動きはじめた。

 親しい店の危機を救うため、新しい客層、できれば30代を中心とした客と店とをつなぐイベントをしたい。そう考えた楠原さんは、交流のある10数店舗が集まることができるテーマを探した。

 「いずれのお店もジャンルが異なるうえに、プライドもこだわりもある実力店ぞろい。真面目に考えるとワンテーマでまとめるのは難しいと悩みました。でも、ある日、何も考えてない時にふっと降りてきたのがポテサラやったんです(笑)。

 もともとポテサラ好きやったのもありますけど、去年(2019年)、地元で月末に開催される『Around Taisho』というイベントで、おばんざい田中さんが出した型破りなスパイスたっぷりのポテサラに衝撃を受けたのが、記憶のどこかに残っていたのだと思います」

 ちなみに、おばんざい田中さんは飲食店ではなく、自宅で友人たちに手料理をふるまう、大正区在住・料理好きのトラックドライバーである。ポテサラという啓示を受けた楠原さんは、すぐ「ポテサラだけでイベントしたい」と、ケンタローさんに相談。複数の店舗がポテサラで一つになるイベントの段取りがはじまった。

 時すでに6月上旬。とりあえず開催日を7月4日(土曜日)と決め、楠原さんは自ら直接、参加候補の店に食べに行き、全ての交渉と準備を進めた。

 楠原さんは交渉の前に、「ポテサラの定義とイベントのルール」を以下の4つに決めた。

(1)ポテサラには必ずジャガイモとお酢を使う
(2)高級食材と、なまものは使わない
(3)ポテサラの順位は決めない
(4)参加店の条件は普段のメニューにポテサラがないこと

 「普段なら忙しくて開催できないけど、今の時期ならできるかと思ったんです。交渉では、食べに行って、ゆっくり過ごしてから、店主が少し余裕できたかなーという時を見はからって、突然切り出すんです。『今度イベントやるんで、本気のポテサラを出してくれませんか!』って。ほとんどテロでしょ(笑)。しかも、普段のメニューにポテサラがないから、わざわざ作らなアカンという(笑)」

 ある高級店のオーナーシェフは、そんな楠原さんの言葉を受けて、「それ言うためだけに飯食いに来たんか?」と話し、少し緊張感のある間を置いた後、楠原さんの目を見て「面白いから出るわ(笑)」と、切り返したという。ぶっきらぼうな中に愛情を感じさせる言動の行間から、楠原さんが長年に渡って培ってきた店との関係性が想像できる。

 6月中に、13店舗から16種類のポテサラの出品が決定。この4月にオープンした店、今年オープンしようとしている店など、経営が軌道に乗る前にコロナ禍に飲み込まれた新しい店の参加もあり、ポテサラに合わせる野菜を提供する八百屋、パン屋も加わることになった。

 イベント名は「ポテサラサミット2020」に決まった。

楠原さんの友人がデザインした「ポテサラサミット2020」のイベントロゴ(写真撮影:楠原陽子さん)
楠原さんの友人がデザインした「ポテサラサミット2020」のイベントロゴ(写真撮影:楠原陽子さん)
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