「小さな」個人店が大きなコミュニティのハブとなる

 実は、「小さな個人店」の可能性を知ったのは、震災から数年さかのぼる14年前のことだった。当時私の行きつけだった経堂西通り商店街のお好み焼き店「ぼんち」のおかあちゃんのお葬式でのことである。

 大阪出身のご夫婦が切り盛りするカウンターと座敷の店は15人で満員の10坪の小箱。おとうちゃんが焼くサクッと口あたりの軽いお好み焼きや鉄板焼きをアテに飲む客で毎日深夜まで賑わっていた。

 熱狂的な阪神ファンのおかあちゃんは人情派で、バイトを掛け持ちする若い劇団員に無料で飲み食いさせたり、売り上げが低迷する近所の店に自分の店にいた学生客を送り込み、「ヤングやねんから好きなだけ飲んで食べや!」とハッパをかけて、お代を自分で払い、他店の売り上げに貢献したりしていた。

 そんな人情酒場のおかあちゃんの葬儀は、想像を超えるものがあった。その日の午後、経堂駅北口から徒歩5〜6分の会場である寺に向かうと、ただならぬ雰囲気に驚く。いつもは静かな道路が見たことのないほど混み合っている。しかも誰もが黒い喪服。会場手前100mになるとさらに混み合い、行列に近い状態に。「同じ寺で誰か芸能人の葬儀でも?」と思ったが、そうではなく、全員がハンカチで目を抑えながら、阪神のユニフォーム姿で眠るおかあちゃんに別れを告げに来ていたのだった。

 悲しい思いの一方で「この大勢の人たちは一体どこから来たのか?」という疑問が湧いていた。

 たくさんの客に慕われていたおかあちゃんではあったが、出身は遠く離れた大阪で、芸能人でも地元の有力者でもない。浄土真宗の普通の寺に集まった人たちの数は、予想よりはるかに多かった。葬儀への参加は香典費用もかかり、服装に気をつかう。それだけに葬儀に参集する人々のおかあちゃんへの思いの強さが想像できる。

 その答えは意外に早く、その翌週、「ぼんち」と同じ昭和50年代創業の近所の焼き鳥・釜飯酒場「鳥へい」で明らかになった。

 「とにかく凄い数の弔問客がいるんですよ」と、飲みながら振り返る私の話を大将の長谷川一平さんが聞いてくれた。

 が、返ってきたのは「あの店だとそんなもんだろうね〜」という意外な言葉だった。

 「えっ? でも、ざっと見た限り、100人やそこらじゃないんですよ。会社員時代に偉い人のお葬式を幾つか手伝ったけど、あんなに大勢の人が集まったのは見たことがない」と食い下がると、一平さんは算数の授業でもするように私を諭しはじめた。

 「あの『ぼんち』って店は、小さい店でキャパ15名。常連が主体で野球シーズンは阪神戦を見る人も多い。バンドや劇団の打ち上げもある。17時半から深夜までの営業で、平日1回転半いくかいかないか。金・土・日は2回転くらい。つまり、平日20名、週末30名。定休は火曜。月によって多少はあるけど、ざっくり毎月700人くらいの客が来るわけだよ」

 「で、オープンしてから20年以上。だからこれまでに、のべ20万人近い客が来て、おかあちゃんの人生劇場を至近距離で観て、阪神が勝った負けたの泣き笑いに付き合って、若くて金のない時におごってもらった奴も多い。だから20万人の100分の1でも2000人。1000分の1で200人。数百人くらい葬式に来ても当たり前と思うよ」

 目からウロコの言葉だった。

 「オレたち個人店は泥臭いけど毎日毎日の積み重ねなんだよ。広告費とか派手なことはできないけど、うるさい客を出禁にしながら、いいお客さんを相手に顔の見える関係性で地道な商売を続けていると、ある日ふっと、えっ?こんなにたくさん知り合いのお客がいたっけ? って感じになる時が来る」

 「そうやって付いてくれたお客さんは、値段が安いとか、内装がお洒落とか、ブランド食材を食わせるとかで他店に浮気はしない。そこまで行くと強い。お客同士もカウンターで隣り合って仲良くなるしね。だって、経堂は飲み屋で出会って、釣り仲間やゴルフ仲間、家族ぐるみの友達になったり、結婚したりする奴が結構いるだろ?」

 カウンターのある「小さな個人店」は、日々の営業を通じて、店と客とのつながりを積み重ねる。1日や1週間では微々たる数だが、数カ月、数年と時間が経つと、その総数は相当なものになる。店と人だけでなく、客と客のヨコのつながり、店と店のつながりなどもあるから、おびただしい関係性の縦糸と横糸が網の目のように絡み合い、幅広い地域を覆う。

 14年前に実感した「個人店が時間をかけて育むつながりの凄さ」は、2011年の震災直後にも感じていた。なぜなら、経堂から車で石巻に支援物資を運び、荷物を降ろした後、泥まみれの缶詰を積んで帰ってきたり、洗ったり売ったりする作業を手伝う人たちは、そのほとんどが、「さばのゆ」だけでなく、近所の「小さな個人店」のカウンターで10年以上かけてつながっていた人々と、その友人・知人であったためだ。

 その数は、「ぼんち」のおかあちゃんの葬儀に参列した人のように、どこからともなく大勢がわらわらと現れた。「小さな個人店」が複数つながると、驚くほどのダイナミズムが発生すると実感したのだった。

 本連載では、このような小さな個人店が備えている、人と人のつながりや、商店街や地域に与えるダイナミズムを紹介していく。このような「マイクロコミュニティ」の可能性を、読者の皆さんと一緒に追求していきたい。

著者 須田泰成(すだ・やすなり)
1968年、大阪生まれ。コメディライター&プロデューサー。テレビ、ラジオ、WEBの番組やコンテンツの脚本、構成、プロデュース多数。「スローコメディ広告社」代表。20歳の時に世田谷区経堂へ。2000年に、経堂の個人店と文化を活性化するプロジェクト「経堂系ドットコム」を立ち上げる。WEB「みんなの缶詰新聞」編集長。「経堂経済新聞」編集長。著者に『モンティパイソン大全』など。