新型コロナウイルスは全国の観光地に深いダメージを与え続けている。政府の消費刺激策「Go To トラベルキャンペーン」が行われているが、コロナ禍が収束しない限り、税金投入終了後のビジネスモデルは見えてこない。そんな現在のニッポンでも、「今が楽しくて仕方ない!」という30代が活発に動き、今年も年間50万人の観光客を集める勢いの小さな港町がある。キーパーソンは、商店はおろか自動販売機さえない離島の高齢者たちに生活必需品を運ぶ移動販売の担い手。彼によると「持続可能な地域の理想は、地元の私たちが地道な日常を積み重ねる先にある」という。

観光と縁のなかった港町に年間50万人が訪れる

 瀬戸内海に面した香川県西部の三豊(みとよ)市は、2006年に仁尾(にお)町、高瀬町など7町が合併して成立した自治体である。「こんぴらさん」と親しまれる金刀比羅宮のある琴平町、空海(弘法大師)の生誕地である善通寺市、日本最大級の農業用ため池・満濃池があるまんのう町など、観光スポットに恵まれた地域に囲まれている。

 一方で三豊市は、県内で有名な高瀬茶などの農業が主要産業で、もともと観光とは縁がなかった。にもかかわらず、小さな漁港があり、海に面した旧仁尾町エリア(住人たちは「仁尾」と呼ぶ)に圏外から人が集まり始め、昨年、一昨年と、年間に訪れる観光客数が50万人に達しているという。

 仁尾観光の目玉は、父母ヶ浜(ちちぶがはま)と呼ばれる全長1kmの砂浜が続く遠浅の海岸だ。夏の海水浴スポットでもあるが、もともと波が静かで、風のない凪になると、見渡す限りの海面が鏡のように空と周囲の風景を映す。

父母ヶ浜(ちちぶがはま)。遠浅の海岸は波が静かで、凪になると海面は鏡のようになる(写真提供:今川宗一郎氏)
[画像のクリックで拡大表示]

 その様子が南米ボリビアの世界的観光スポット「ウユニ塩湖」そっくりということで、「日本のウユニ塩湖」と呼ばれるようになった。人間が美しく幻想的なパノラマ風景の一部になれる父母ヶ浜は、4~5年前から格好の「インスタ映え」スポットとなった。一般の観光客がSNSに投稿する写真がバズり、ますます知名度を上げていった。

 人気の陰にはキーパーソンがいた。今年(2020年)34歳になる仁尾生まれ、仁尾育ちの今川宗一郎さん。創業60年以上の地元スーパー「ショッピングストア今川」の三代目である。

「ショッピングストア今川」の三代目店長、今川宗一郎さん(撮影:柴坂 秋廣)
[画像のクリックで拡大表示]

 「仁尾のまちは、全盛期に8,000人を超えていた人口が現在は5,000人台。父母ヶ浜は夏に海水浴客が集まりますが、その他のシーズンは閑散としていて何もない。あまりにも寂しいので、5年前に年中営業するかき氷店を引き継いだんです。商品やオペレーションのリニューアルを行うと、高松あたりから来るカップルなども増えて、ウユニ塩湖のような写真が撮れるとSNSで反響があり、今では結構な数になってきたと思います」

今川さんが引き継いだ仁尾町のかき氷店「KAKIGORI CAFE ひむろ」の内観(写真提供:今川宗一郎氏)
[画像のクリックで拡大表示]

 今川さんは今年(2020年)、「宗一郎珈琲」という自分の名前を冠したフードトラックのコーヒーショップをオープンした。椅子とテーブルは、もちろん砂浜の上。淹(い)れたてのコーヒーを飲みながら絶景を眺めることができる。まったく密ではないオープンな環境がコロナ禍でも安心して利用できると、こちらも軌道に乗った。

[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]
自分の名前を冠したフードトラックのコーヒーショップ「宗一郎珈琲」(左)。自身の顔をモチーフにしたロゴが印象的だ。マグカップにも同じロゴがあしらわれている(右)(写真提供:今川宗一郎氏)

 「観光客の数も、緊急事態宣言中の4月、5月はさすがに落ちましたが、その後は盛り返しています」

 コロナ禍という時流に逆行するかのようなマーケティングの成功例に思えるが、今川さんからは意外な答えが返ってきた。

 「実はコーヒーショップも、地元の自分たちがあったらいいなと思う店を作っているだけなんです。大勢の方にお越しいただいていますが、それに合わせて観光地によくあるような宿や店などを誘致することはしない。仁尾は仁尾のままでいい。地元民が幸せに自分らしく生きられることが一番大事。もちろん人口減少が深刻なこの地域を活性化したいですが、目先の利益にとらわれるのではなく、持続可能な理想の将来は、今の日常の延長にしかないと考えています」

 今川さんと話しているとよく出てくるのが「日常」「地元」という言葉。取材を続けると、日常の延長線上にある魅力的なプロジェクトの数々が浮かび上がった。

 そのどれもが、10年先、20年先、30年先、この地域の人たちの暮らしをきっと豊かにしていると感じさせるものだった。