これから紹介するお話は、リノベーションスクールで生み出された「近未来の寓話」です。2011年に産声を上げたリノベーションスクールは、現在では全国各地に広がっています。市街地の実際の空き物件(遊休不動産)を対象に、全国から集まった参加者たちが「ユニット」とよばれる7、8人程度のチームを組んで、まちの未来を考えます。実際にはスクール期間の3~4日間でリノベーションの事業プランを練り上げ、最終日に物件のオーナーに提案し、スクール後にその提案をもとに実事業化をめざします。そこで共通するのは「単体の建物の再生を超えて、どうすれば周辺エリアの価値を上げ、地域を生まれ変わらせる事ができるのか」ということです。ほぼそのまま実現したものもあれば、かたちを変えてスタートしたもの、さまざまな理由によって実現に至らなかったものもあります。けれどもすべてが実際のまち、建物、オーナーを舞台としたもので、それは同時に日本のどの町にも、あなたの住むまちにもつながる現代のおとぎ話でもあるのです。このコラムでは、そのなかのごくわずかですが、ぼくの心に残っている物語をお伝えしていきます。

古い木造屋敷が舞台に 明治時代のお醤油やさん

 庄内米やだだちゃ豆など、豊かな食文化を誇る山形県鶴岡市。東に月山や羽黒山、西は日本海を従えた自然の恵み豊かな美しいまちです。江戸時代には庄内藩の城下町として栄え、2005年の市町村合併によって今なお県内2位の人口を誇るものの、どの地方都市でも見られるように実際は少子高齢化が進み、空き家・空き店舗もかなり目立ってきています。

 対象となった物件は、鶴岡駅から徒歩20分ほどの商店街に建つ、古い木造の2階建ての建物でした。間口は10mほどなのですが、中に入ってみるとびっくり。奥行き30m以上の長〜い古い木造屋敷で、明治時代から続くお醤油屋さんだったとのこと。柱や梁は太く立派で、多少の雨漏りはあるものの、補修すればまだ十分使える、まるで文化財のような威厳ある建物であることがすぐわかりました。印象的なのは、玄関を開けると「通り土間」がはるか突き当たりまで伸びていること。居間や客間のわきを通り、その奥にはかつての台所土間があり、そのつきあたりの2階には使用人の部屋がありました。そして反対口の勝手口を開けると、そこには広い空地と大きな空がぽかんと開いていて、その先の反対側の道に出ることができました。

 かつてはこの建物にお醤油を買いにたくさんの人が訪れておしゃべりをし、その奥に主人とその家族が生活し、そして丁稚奉公たちがせわしなく働いていたのかもしれません。建物の内部をくまなく見て回り、オーナーの意向や昔の思い出、建物への思いなどを聞きながら、かつての活気に満ちたお店の光景に想像が膨らみました。

 ぼくたちは建物を出てそのまわりを歩き回り、道行く人や商店街の店主の方々に話を聞いて回りました。するとあることに気づきました。この周辺はほとんどが平屋か2階建ての建物なのですが、ひとつだけ7階建てのビルが屹立しています。それは大型ビジネスホテルでした。商店街を行き交う人も少ないし、こんな場所に泊まる人がいるのかな、と思ってフロントの方に話を聞くと、なんとその日は満室とのことでした。

 そのあとわかったのですが、鶴岡にはソニーやTDKなど、大手メーカーの工場群が集中し、大学の研究所や「スパイバー」という特殊繊維の世界的なベンチャーなども立ち並ぶ「サイエンスパーク」というエリアがあります。そしてそれらに出張でやってくるビジネスマンが年間を通じて数多くいるのです。確かに駅周辺にはビジネスホテルがいくつかあるのですが、そこでも足りなくなると、駅から多少離れたこの商店街のホテルですら、満室になってしまうとのことでした。まちを見回しても観光客が見当たらないのに、宿泊施設の予約がなかなか取れない理由はここにありました。

タビネスマンの誕生

 ぼくたちのユニットに若い女性がひとりいました。彼女はIターンで鶴岡にやってきて、将来的にはゲストハウスをやりたいという夢を持っていました。そこで今回は彼女がプレイヤーとなる宿泊施設を提案しようということになりました。けれどもゲストハウスというのは最近全国でかなり増えつつあって、普通に始めてもなかなかうまくいきにくくなっています。かといってビジネスホテルを始めるというのは初期投資額も含めて、個人が手を出せるものではありません。そこでぼくたちはこの建物周辺のエリアの未来がどうなっていたら楽しいか、を想像することにしました。

 全国からやってきたビジネスマンは、駅前のビジネスホテルを予約したら、夜遅くまで仕事先の人と駅前の観光客向け居酒屋なんかで飲んだりして、翌朝目の前の電車に飛び乗って帰っていくでしょう。きっと街を見る余裕なんてないはずです。

 それに対し、駅から少し離れたこの場所に泊まったビジネスマンは、仕事先の人と夜に別れたあとも、あと一杯だけひとりで飲んでるうちに地元の常連さんたちと仲良くなったり、できれば次の日も少し早起きして周辺を散歩したり、朝は気持ちのいいカフェテラスで昨日の仕事をパソコンでまとめながらおいしい朝食を食べ、気が向いたら自転車を借りて周辺を散策したりしながら、隠れた人気ラーメン屋でお昼を食べて帰る、みたいな光景がたくさん見られたら良いと思いました。そういう人たちがうろうろしている少し変わった商店街、というのがこのまちの幸せな近未来だと思ったのです。

 ぼくたちはそういう今までとはちょっと違った、すこしゆったりとした気分で、出張先のまちのローカルを楽しみたいビジネスマンを新しい人種、その名も「タビネスマン」として定義命名することにしました。新しい価値観やライフスタイルに名前をつけるというのは重要です。それによってキャラクター、未来のお客さんが一気に具体的になるからです。タビネスマンが泊まる「タビネスホテル」とはどんなものか。全く新しいジャンルであるため、先行事例との競争もないし、価値とそれに見合った価格設定をつくればいいのです。受講生たちの想像力も一気に加速しました。

 タビネスマンの宿泊室はベッドでなくて布団でもいいけれど、鍵はかけたいし、できれば部屋にシャワーとトイレは欲しい。個室は狭かったとしても、代わりに気持ちのいいカフェテラスがあって、地元の食材を使った朝食とていねいに淹れられたコーヒー、Wi-Fiが飛んでいて、簡単な打ち合わせもできる。夜ご飯は近くの定食屋に行ってもらい、大浴場はなくても近くに銭湯があればOK。あとはやっぱり感じのいいスタッフが、地元の人しか知らない生のいろんな情報を教えてくれる。そんなイメージがどんどん膨らみ、工事費や人件費の概算を出しながら、投資額と回収期間も詰めていきました。

 そしてもう一つ大切なことは、顧客獲得戦略です。ぼくたちが始めようとする事業は広報宣伝費用を十分にかけられる予算もなく、かといってすでにブランドイメージを確立しているわけでもありません。運転資金も十全ではないので、閑古鳥が一年も続けば事業は失敗するのは目に見えています。そこで、タビネスマンがタビネスホテルにどうやって行き着くか、その道筋を考えることにしました。

 普通、出張するビジネスマンは1泊あたりの上限が会社から決められています(6000~8000円程度でしょうか)。その金額内で自分で予約するか、面倒であればもしくは出張先の担当者(あるいは総務)に予約してもらうことになります。ということは、鶴岡に工場を構える各メーカーの総務係にこの場所を知ってもらい、その会社を通して予約した場合は通常より2割ほど割引する、ということにすればお得感もでて、選ばれやすいと踏んだのです。そしてそれは不特定多数に宣伝を打つよりも、はるかに省コストで済みます。

 この仮説は見事に当たりました。提案書を手に簡単なアポを取って訪れると、各メーカーの総務の人たちは新しいタビネスホテルのコンセプトと価格設定に非常に興味を持ってくれて、「完成したらぜひ教えてほしい。うちの会社に来た人たちも、もっともっとこの街を楽しんで帰ってほしい」と言ってくれました。

 ビジネスホテルでもなく、ゲストハウスや旅館でもない、タビネスホテル。そしてタビネスマンたちが地元の人たちと自然とふれあえるまち、鶴岡。それがぼくたちの編み上げた物語でした。

(この提案は不動産オーナー、商店街組合、鶴岡市にも気に入られ、金融機関も交えて実現に向けて動き出しましたが、事業の中心となる女性の夢描いていた起業イメージ、ビジネス規模と少しずれがあるということで、本人からその後辞退の申し出がありました)

■運営計画

■収支計画

項目 金額(千円) 概要
収入
宿泊収入
360
5万円×6部屋×40%稼働率×30日
長期入居者収入
60
3万円×2部屋
カフェバー収入
600
約1000円×15席×1.3回転×30日
コワーキングスペース収入
50
1万円×5名
屋根裏イベント
30
1万円×3回
物販委託販売手数料
3
3万円×10%
収入合計
1100
支出
仕入れ
200
家賃
50
人件費
460
水道光熱費
120
通信費
20
消耗品・雑費
50
支出合計
900
月間収益 200

【注】この運営・収支計画は、スクール期間中にチーム内で試算したものです。

著者 三浦丈典(みうら・たけのり)
1974年東京都生まれ。早稲田大学卒業、ロンドン大学バートレット校ディプロマコース修了、早稲田大学大学院博士過程満期修了。2001年〜2006年までNASCA勤務。2007年設計事務所スターパイロッツ設立。
工学院大学、法政大学、早稲田大学非常勤講師、その他各地で開催されるリノベーションスクールのユニットマスターを務める。 大小さまざまな設計活動に関わる傍ら、シェアオフィスや撮影スタジオなど、自ら経営や運営にも携わる。
「道の駅FARMUS木島平」で2015年グッドデザイン金賞。著書に「起こらなかった世界についての物語」、「こっそりごっそりまちをかえよう。」など。2015 JCDデザインアワード銀賞、日本建築美術工芸協会(AACA)賞、中部建築賞など受賞。