2011年に北九州市小倉で産声を上げた「リノベーション・スクール」は、市街地にある実際の空き物件(遊休不動産)を対象に、全国から集まった受講者たちが「ユニット」とよばれる7、8人程度のチームを組んで、まちの未来を考える取り組みです。リノベーションの事業プランを練り上げ、最終日に物件のオーナーに提案し、実事業化をめざします。ほぼそのまま実現したものもあれば、かたちを変えてスタートしたもの、さまざまな理由によって実現に至らなかったものもあります。今回は、ベビーカーのリサイクル事業を核にしたリノベーション構想を紹介します。

 ドゥーラって知ってますか?

 ギリシャ語の「他の女性を支える経験豊かな女性」という意味が語源で、産前産後の女性のケアをする存在です。出産前のいろいろな不安解消や新生児の世話、掃除、買い物、子どものお迎え、ママの体調管理まで、さまざまな困りごとに臨機応変に寄り添うサービスで、欧米では一般的な生活支援として普及、確立しています。

 自分の母親が身近にいなかったり、あるいはいたとしても世代が違いすぎて出産や子育てに対する考え方が違っていたり。そういった女性たちにとって、「ちょっと先輩の女性」がそばについてくれる安心感は大きく、断然頼りになることもあるのです。

 ぼくが思うにドゥーラの素晴らしいところは、ドゥーラにサービスを受けたママたちが、自分の子育てが落ち着く時期に、当時のありがたさや苦労を胸に、今度は新しいドゥーラとして後輩のケアをし、引き継がれていく伝統があることです。血縁を超えた感謝と奉仕のサイクルが長きに渡ってごく自然に実践されていることに感動すら覚えます。

 さて。
 今回の舞台となるのはリノベーション・スクールの生まれ故郷、本拠地でもある北九州市の小倉です。

 アーケード「サンロード魚町」に面する、木造3階建ての小さな空き店舗がリノベーションのお題となりました。お店の広さはたった6畳。部屋の隅に急な階段がついていて、2、3階も同じ広さです。トイレが1階にあり、あとはお風呂もキッチンもないので、おそらく1階がお店、2、3階は事務室兼倉庫のような使われ方を想定しているのでしょう。

 商店街の組合理事長である梯(かけはし)さんに話を伺うと、これからの「サンロード魚町」は買い物をするだけではなく、夢を持った人たちが自分で何かを始められる、チャレンジできるようなまちにしていきたい、ということでした。たくさんの人が通り抜け、お金を落としていくだけがほとんどだった時代を終えて、これからの商店街はどうあるべきか。これは日本中の商店街の共通課題とも言えます。受講生たちとそんな話をしながらアーケードをぐるぐると歩き回りました。

 小倉の商店街は「リノベーションまちづくり」の効果もあって、いまふたたび活気を取り戻しています。そしてすれ違う人の中に、ベビーカーを押すママ・パパや、ペット連れの人が思った以上に多いことに気づいたのですが、インタビューを続けていくうちにその理由が分かりました。月に数回、車で大型スーパーに出かけて大量に買い物するのとは別に、日常の散歩のついでにぶらぶら買い物をするにはこの商店街はとても便利なのです。

 ベビーカーを押してなかなか来ないエレベーターを待つよりも、昔ながらの店先で会話を交わしながら揚げたてのコロッケを買って、その場でほおばる方が断然豊かで幸せだと感じました。そこでぼくたちのユニットは、サンロードにベビーカーを押してやってくるママ・パパたちがこのまちをもっと好きになるように、日々の生活が楽しくなるような仕組みを考えよう、ということになりました。

 道ゆくベビーカーを押すママのひとりに話を聞いたところ、とにかく子育てに忙しく、子どもにお金もかかり自分の時間がなくて、おしゃれを楽しむ余裕もない。若い頃は楽しかった、とため息混じりで懐かしんでいました。

 そういえば北九州の成人式というのは「ド派手」で全国的に有名です。「一生に一度だから目立ちたい」と衣装代は数十万円から百万円以上まで。若いママたちもおそらく数年前は思いっきりデコって(装飾して)いたことでしょう。けれども今となっては子ども最優先で、自分らしく羽をのばすこともできなくなったママも少なくないようです。

 半ば同情するような面持ちで話を伺っていると、受講生のひとりが「そのベビーカー、(某有名ブランドの)人気のものですね」と言いました。

 すると、そのベビーカーを押していたママは「そうなんです。でもこれ知り合いからのお下がりなんです。本当はもっと欲しいものがあったのだけど、どうせ2、3年で使わなくなるし、だったらしょうがない、がまんしようと思って。知り合いのママから安く譲って頂けたんです。でも私はたまたま地元で知り合いがたくさんいたからいいけど、引っ越してきた方とかは買うしかないから大変ですよね。」と答えました。

 そこで、ぼくたちの提案はこの物件の1階を、小倉ならではの日本初の「デコベビーカー・ショップ」としてオープンさせるというものにしました。

 短い役目を終えた、けれどもまだ十分使えるベビーカーを買い取り、きちんとチューンナップした上で、リクエストに応じてカスタマイズしたり、ママ・パパたちが自分らしく、個性豊かに思いっきり“デコれる”パーツを販売したりする、というものです。かつて着飾っておしゃれを謳歌していたママ・パパたちに、今度は世界にひとつの自分だけのベビーカーを、なるべく安い値段で楽しんでもらいたい。ひとと違うことを楽しんで、毎日の散歩を少しでも心躍るものにしてもらいたい、という願いを込めました。

 そして単に中古ベビーカーを販売するだけでなく、できれば店頭に子育ての落ち着いた先輩ママ・パパが立ち、自然なかたちでお店に来たママ・パパたちのいろいろな悩みをサポートする、まるでドゥーラのような存在になってくれることを願いました。建物の1階はお店にして、2、3階には親子が寛いだり、授乳やオムツ替えができるスペースを設けることにしました。この場所を拠点に、捨てられてしまうベビーカーをなるべくたくさんリサイクルするとともに、かつてここで勇気づけられたママ・パパたちが、やがて店員として帰ってきてくれるという、二つのサイクルが交差する場所になってほしいと思いを込めた計画でした。

 この事業は内容もニーズも非常に良かったため、ぼく自身が開業に立候補したのですが、東京に在住していて場所が遠隔であったことと、中古のベビーカーを修理保全する技術をうまく構築できなかったため、残念ながら実現に至りませんでした。小倉の成人式のニュースを見るたびに、あのベビーカーを押していたママとデコベビーカー・ショップのことを思い出して、いつかチャンスがあればという気持ちになります。