2011年に産声を上げた『リノベーションスクール』は、市街地にある実際の空き物件(遊休不動産)を対象に、全国から集まった受講者たちが「ユニット」とよばれる7、8人程度のチームを組んで、まちの未来を考える取り組みです。リノベーションの事業プランを練り上げ、最終日に物件のオーナーに提案し、実事業化をめざします。ほぼそのまま実現したものもあれば、かたちを変えてスタートしたもの、さまざまな理由によって実現に至らなかったものもあります。けれどもすべてが実際のまち、建物、オーナーを舞台としたもので、それは同時に日本のどのまちにも、あなたの住むまちにもつながる現代のおとぎ話でもあるのです。このコラムでは、そのなかのごくわずかですが、ぼくの心に残っている物語をお伝えしていきます。

 今回の舞台はNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で明智光秀や織田信長のゆかりの地ともなっている岐阜。現在のまちの中心である岐阜駅から徒歩数分のところに柳ヶ瀬商店街というアーケード街があります。美川憲一のヒット曲『柳ヶ瀬ブルース』を思い出す方もいるかもしれません。1960年代には全国的に高い知名度を得てたくさんの人が訪れました。他の多くの地方都市と同様、郊外型大型店舗の出店によって空洞化が進みましたが、ここへ来て志ある商店オーナーを中心に、新しいまちづくりを進めようという変化も起きつつあります。月1回の定期市「サンデービルヂング・マーケット」はいま、とても人気のある催しです。

 織田信長といえば「楽市・楽座」で知られていますが、これはかんたんに言うと商売を自由にできる規制緩和でした。その仕組みによって独占を否定し、経済を活発にさせるという狙いがありましたが、その反面、店が均質化して新たな闇市を生み出したり、特定の領主と商人が個別に関係を結ぶことで新しい支配が起こるという弊害も起きました。

 時は変わって1974年に施行された通称「大店法」も、名目としては地元の小さな商店を守るといいつつも、結果的にはロードサイドの大型店舗が乱立し、それによって昔ながらの商店街が壊滅的なダメージを受けることになりました。柳ヶ瀬もその一例と言えるでしょう。

 そしてこのまちにはもう一つの特徴があります。それはいま現在、商店街を取り囲むように何棟かの大型タワーマンションの建設工事が進んでいるということです。名古屋への通勤圏でもあり、駅から徒歩圏内ということもあって高齢者も暮らしやすいエリアです。数年後には県内外からやってきた新住民がまちの多くを占めるようになるでしょう。工事の仮囲いには夜空を突き刺すように光り輝くタワーのイラストが大きく描かれています。

 マンション建設による旧住民と新住民の対立、コミュニティの分断などはよく聞く話ですが、スクールの受講生たちとともに商店街の古くからあるお店のオーナーに聞いてみると、彼らはまだ見ぬ新住民に対して思った以上に好意的で、まちとして温かく受け入れたいということでした。何ごとに対しても寛容に許容していこうというこのまち特有の明るさがあるのかもしれません。

 さて。

 今回の対象物件はそんな柳ヶ瀬商店街の一角にあるとてもちいさなお店。たった9畳ほどの広さで、人が3〜4人入ればいっぱいという感じです。急な階段を上がると2階もありますが、天井高は2mもないくらいの「物置」といった感じです。かつてはエプロンの専門店だったとのことでした。

 ぼくたちのユニットメンバーのなかで、小さなお店を始めたいという女性がいました。彼女は小学6年生の娘を持つ子育てママです。現在、自宅兼ギャラリーショップで自分の目に適った作家の器などを扱っているのですが、やはり独立した店舗を持ちたいという願いがあって、この物件はサイズも立地もぴったりのようでした。けれども彼女がそこで新しいお店を始めるだけではまちは変わりません。そこでぼくたちはいつものようにまちを歩き回り、なるべく多くの人の話を聞いて回りました。

 そのうちのひとり、近くの公園で子どもを遊ばせている若いママに話しかけたところ、彼女は結婚してこのまちのマンションに引っ越してきたばかりとのことでした。知り合いや頼れる人がいないこと、働きながら子育てをしているので、自分の時間がまったくないことなどがストレスのようでした。柳ヶ瀬商店街に興味はあるけれど、どこで何を売っているのかも分からないので行ったことはなく、買い物は大型スーパーで済ませているとのことでした。

 高層マンションに住む核家族と、古くから営みを続ける商店街。同じまちに住みながら、敵対する理由はなく、むしろ関わり合うことはお互いのメリットになるはず。けれども生活スタイルが違うため、お互いに接点を持てない、というこのまちの状況に対して、ぼくたちは何ができるか悩みました。