2011年に北九州市小倉で産声を上げた「リノベーションスクール」は、市街地にある実際の空き物件(遊休不動産)を対象に、全国から集まった受講者たちが「ユニット」とよばれる7、8人程度のチームを組んで、まちの未来を考える取り組みです。リノベーションの事業プランを練り上げ、最終日に物件のオーナーに提案し、実事業化をめざします。ほぼそのまま実現したものもあれば、かたちを変えてスタートしたもの、さまざまな理由によって実現に至らなかったものもあります。けれどもすべてが実際のまち、建物、オーナーを舞台としたもので、それは同時に日本のどのまちにも、あなたの住むまちにもつながる現代のおとぎ話でもあるのです。このコラムでは、そのなかのごくわずかですが、ぼくの心に残っている物語をお伝えしていきます。

 過疎化や少子高齢化、産業の衰退やコミュニティの弱体化……。まちの課題はさまざまです。けれども、それはまち自体に問題があるわけではありません。まちはそもそも生き物や製品のように寿命や賞味期限があるものではないし、まち自体が劣化するわけではありません。人が過ごしたり、暮らしたりするものです。だから「まちの課題」というのは正確にいうと、まちに問題があるわけではなく、使い手である人間とのマッチングがうまくいかなくなったり、ぼくたちがまちに期待することが変化したりした、ということに過ぎません。

 裏を返せば、莫大な投資による再開発という大手術を施さなくても、単純にあたらしい人があたらしい使い方をすることで、そのまちがあたらしい価値を生み出し、それを見てさらにあたらしい人たちが集まってくる、ということもあり得ます。

 今回お話しするまちは北九州の門司区です。「門司港レトロ」としても有名なエリアで、ご存知の方も多いかもしれません。

 門司港は1889年(明治22年)に米、麦、石炭、硫黄に限定した国の特別輸出港に定められ、外国航路の拠点として発展し、港周辺には当時金融機関や商社などがたくさん進出しました。しかしながら1942年(昭和17年)、関門トンネルが開通し門司港を介さずとも本州への行き来が可能になると急速にその地位を失っていきました。まちの役割が大きく変わったのです。

 ところが90年代になると、ウォーターフロントに立ち並ぶ工場や倉庫を博物館やレストランに改装し、おしゃれな観光地としてエリア一帯の雰囲気が一新され、現在では年間200万人以上の観光客を集めています。つまり人間社会の変化に合わせて、まちの特徴をうまくフィットさせたと言ってよいでしょう。

 実際まちを歩いてみると、華やかな商業エリアは港周辺のみで、そこから一歩踏み出すと、昔懐かしい商店街やアーケードが残っていて、生活に根ざしたのんびりした風景が広がります。そして最近ではバックパッカー向けのゲストハウスなども増えつつあります。

 今回対象となった物件はさらにその外側、「山の手」と呼ばれるエリアにあります。

 港から歩いて20分ほど、文字通り坂の多い山の手エリアはかつての高級住宅街でした。港で働く人たちのなかでも比較的裕福な方たちが、港を一望するこのエリアを好んで居を構えたといいます。坂道に連なるように比較的大きめの一軒家が立ち並び、道幅も広く、どことなく気品のある雰囲気が残ります。

 古くから住んでいる方が多いため、近所づきあいもしっかり残っていて、顔見知りとすれ違えば立ち話になり、重い荷物を持っているお年寄りがいれば声をかけて手伝う、といった習慣が残っています。ところが住民の高齢化が徐々に進むにつれ、駅からの距離や坂道の登り降りが負担になり、少しずつ人も減っていき、近年は空き家も増えています。

 対象物件は坂に面した築58年、延べ床面積25坪の2階建て、間取り5Kの一軒家。オーナーは法人で、地域のためになるような使い方を考えてほしい、とのことでした。

 眺望のよい海沿いの高台であれば、別荘などには良いかもしれません。けれども、古くからこの地に住む高齢者が新しい別荘族と共存する風景には、あまりリアリティを感じられませんでした。

 さて、どうしたものかと頭を悩ませていたとき、リノベーションスクールの受講生の女性が「まわりに元気な高齢者がたくさんいるまちって、子育てしやすそう」とつぶやきました。確かに昼間人口が多く、近隣コミュニティが豊かなまちは新米ママにとってはありがたい環境です。北九州の地図を見ながらそんな話をしていたら、そのすぐ先に韓国がありました。

 「あ、韓国は助産院がすごくいいんだよね。日本の芸能人がわざわざ韓国まで産みに行くくらいだから」と別の受講生が言いました。

 調べてみると、「産後ケア施設」と呼ばれる場所が韓国には600ヵ所以上あって、出産を終えたママの心と体を休ませながら、新生児の育児をサポートしてくれるようです。滞在期間はおおよそ2週間で、場所によってはマッサージやエステなども受けることができて、一泊の平均額は1万6000円とのことでした。それだけ母子を大切にしているということなのでしょう(その充実っぷりは書くときりがないので割愛します)。

 滞在中、ママたちは外に出歩くことは少なく、どちらかというと施設内で静かにゆっくり過ごすことになります。買い物に行く必要もないし、赤ちゃんと一緒に過ごすのも、少しだけ預かってもらって体を休めるのも自由です。代わりに自分の部屋にいながらさまざまなサービスを受けることができます。山の手エリアはまさに子育てにぴったりだと誰もが感じられる地域だと言えました。