前橋出身の起業家、田中仁さんの存在

 なぜ、このようなホテルが生まれたのか。それを紐解くにはまず、アイウェアブランド「JINS」の創業者・田中仁さんの存在について語らなければならない。

お話を伺った矢村さんは、JINSの社員として田中さんと出会っている(写真:青木 桂子)
お話を伺った矢村さんは、JINSの社員として田中さんと出会っている(写真:青木 桂子)
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 白井屋ホテル代表取締役の矢村功さんによれば、田中さんは「新たな事業領域に挑戦して社会の成長や繁栄・イノベーションを起こす起業家を称える表彰式『アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー』の日本代表に2010年に選ばれ、翌年モナコの世界大会に出場しました。そこで、ビジネスだけでなく、個人としていろいろな社会貢献に力を入れている世界の起業家たちを目のあたりにして衝撃を受けた」という。

 それまでにビジネスで培ってきたノウハウやネットワークを生かして社会へ何か貢献できないか。せっかくなら、出身地である群馬でアクションを起こそうと、田中さんは2014年に「一般財団法人 田中仁財団」を個人で設立。そして、起業家を発掘する「群馬イノベーションアワード」を設けたり、イノベーションを学ぶ場「群馬イノベーションスクール」をつくったりなど、さまざまなプロジェクトを動かしていく。そうしたなか、生まれ育った前橋市の白井屋ホテルの一件がもちかけられる。

 「ホテルの近くにある『アーツ前橋』という美術館のトークセッションに田中さんが招かれたときに、アートを起点にまちを元気にしていこうという志を持った若いアーティストや地元の方たちから、『歴史ある白井屋ホテルの建物が、地元とはゆかリのないデベロッパーに売却されるという話を聞いたんですが、なんとかできませんか』という相談を持ちかけられて、彼いわく『勢いで購入』してしまったと。当初はホテル業界のコンサルタントなどを入れて、自分はオーナーとして物件を保持すればいいと考えていたようなんですが、業界の専門家たちからは『この場所でホテル業は難しい』とにべもない。それで逆に起業家魂に火がついてしまって、ならば自分自身がホテル運営そのものに関わろうと決意したと聞いています」(矢村さん、以下同)

 地域の人たちの思いをくみ取った田中さんの個人プロジェクトとして、白井屋ホテルはリノベーションの道を駆け上っていく。

リノベーションの道標になった前橋ビジョン「めぶく。」

かつての前橋に、繭や生糸を保管するレンガ倉庫が多くあったことから、レンガをホテルのデザインに取り入れている(写真:青木 桂子)
かつての前橋に、繭や生糸を保管するレンガ倉庫が多くあったことから、レンガをホテルのデザインに取り入れている(写真:青木 桂子)
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現在も前橋駅前に残っている田中町レンガ倉庫(写真:青木 桂子)
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商店街の新しい店も、レンガを用いて活性化に一役買っている(写真:青木 桂子)
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(左)現在も前橋駅前に残っている田中町レンガ倉庫(写真:青木 桂子)
(右)商店街の新しい店も、レンガを用いて活性化に一役買っている(写真:青木 桂子)

 古くは、絹産業の輸出拠点として栄えた前橋市。その後も食・自然・温泉など、それぞれの分野で掲げる未来像はあったが、それらをくくる前橋市としてのビジョンが、市民の誰もが共有できる言葉としては掲げられていなかった。

 「いわば、まちの公共財でもある白井屋をどう残していくのか。それを考えるためにも、前橋はどういうまちになりたいのか。そういう市のビジョンが必要不可欠なものだと田中さんは考えていました」

 そこで、田中さんは行政を巻き込んで前橋のビジョン策定に踏み出す。

 田中さんは、ドイツのブランディング エージェンシー「KMS」に依頼し、大規模なWeb調査と何百人にもわたるインタビューを実施。それを踏まえて「Where good things grow.(よいものが育まれる場所)」というコンセプトが導き出された。このコンセプトを、前橋出身のコピーライター糸井重里さんが「めぶく。」という一言にブレイクダウン。前橋は、さまざまなもの・ことが芽吹き、未来をつくっていくまちであることを、このキャッチコピーで市民が共有し、新しい白井屋ホテルもそれを象徴するものとして生まれ変わっていくことになる。

前橋ビジョン「めぶく。」を支えるのが「太陽の会」。2016年8月、企業家有志により結成され、毎年の純利益の1%(最低限100万円)をまちの資産になるものに投資している。岡本太郎の「太陽の鐘」の移築も太陽の会が支援している(写真:前橋観光コンベンション協会)
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前橋ビジョン「めぶく。」を支えるのが「太陽の会」。2016年8月、企業家有志により結成され、毎年の純利益の1%(最低限100万円)をまちの資産になるものに投資している。岡本太郎の「太陽の鐘」の移築も太陽の会が支援している(写真:前橋観光コンベンション協会)
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前橋ビジョン「めぶく。」を支えるのが「太陽の会」。2016年8月、企業家有志により結成され、毎年の純利益の1%(最低限100万円)をまちの資産になるものに投資している。岡本太郎の「太陽の鐘」の移設も太陽の会が支援している(写真:前橋観光コンベンション協会)

6年半にも及んだ白井屋プロジェクト

 2014年6月に始動したプロジェクトだが、白井屋ホテルのオープンは2020年12月。新型コロナウイルスの影響で半年ほど開業を延期したというが、完成まで実に6年半もの歳月が流れた。工事中のホテルを見続けてきた地元の人からは「前橋のサグラダファミリアだね」と言われていたとか。しかし逆に、その歳月が「地域に根づいていく助走期間として、結果的にはよかった」と矢村さんは言う。

 建物のデザインもまた、その期間があってこそ完成したものだった。建築・内装設計を手掛けた世界的な建築家・藤本壮介さんと田中さんが二人三脚で対話を重ね、紆余曲折を経て、最終的には空間やアートの持つ力を確信した田中さんが本格的にアートを導入したことがまず大きな要素としてあるのだが、さまざまなクリエーターとのコラボレーションがさらに白井屋ホテルを特別な場にした。

 「初めから完璧な完成形を思い描いてつくり始めたわけではないんです。たとえば、ヘリテージタワーのリノベーションを模索していたところに、その取り組みを知った隣地のオーナーから土地譲渡の申し出があり、グリーンタワーの構想が立ち上がったり。実際に工事中のヘリテージタワーを見に来てくれたレアンドロ・エルリッヒが、その場で旧白井屋ホテルの配管の跡に、オマージュのような光のパイプを通す案を提案してくれたり。彼はそれを“配管の亡霊”と言っていました。エルリッヒの作品が藤本さんの作品と見事に共存する姿が生まれ、さらにアートデスティネーション(アートを通じた発信の場)への拍車がかかりました」

 「これらはわかりやすい例ですが、定例のディスカッションの中では、非常に細かなところまで議論がなされていました。だから良い意味で一人のキュレーターに頼ったものではなく、混沌とした議論の積み重ねの中から芽吹いてきたものが白井屋ホテルだと言えます」

まちの記憶をつなぐ「まちのリビング」

 「めぶく。」前橋のハブとなる白井屋ホテルは、ただ新しい拠点だということではなく、まちの「記憶」を紡いでいる。

 「ホテル名を決めるときも、たとえば『めぶくホテル』でも良かったわけですが、あえて白井屋の名前を残したのは、ただ建物を受け継ぐだけでなく、その歴史も人々のなかにある記憶も継承することに価値があると思ったからなんです。

 当時、職人さんが決して見られることはないと思って残したメモ書きが露出しているコンクリートの躯体がかっこいいからそのままにしようとか。吹き抜けになった空間にもともとあった客室の存在、その記憶が、アート作品に昇華されているとか。そういった歴史や時の流れのようなものが感じられるところが、このホテルの魅力の一つだと思っています」

むき出しになったコンクリートの躯体を生かし、迷宮感のある空間に(写真:青木 桂子)
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改築であらわになった、建築当初のメモ書き(写真:青木 桂子)
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「HOTEL白井屋」時代の屋号が、グリーンタワーに面したヘリテージタワーの外壁に見て取れる(写真:青木 桂子)
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(上)むき出しになったコンクリートの躯体を生かし、迷宮感のある空間に(写真:青木 桂子)
(左)改築であらわになった、建築当初のメモ書き(写真:青木 桂子)
(右)「HOTEL白井屋」時代の屋号が、グリーンタワーに面したヘリテージタワーの外壁に見て取れる(写真:青木 桂子)

 「記憶」と「今」が出合い、新しい何かが芽吹く、その場が白井屋ホテルだ。

 コロナ禍での開業で苦労が続くというが、気取り過ぎず、でも少しおめかしして訪れたい場所として、地元に根ざし始めている。ラウンジには、過去の白井屋を知る地元の人や若者たちが集い、決して安いとは言えない価格帯の食事を楽しんでいる。建築やアートを目当てに訪れているゲストや、パティスリーでスイーツを買っておうちで楽しむ地域の人もいる。

 地元の人と遠方から訪れる人が交差し、新たな「デスティネーション」となる。それはまさに「まちのリビング」と言えるだろう。

アートホテルとは違う何か

 アートを掲げるホテルはいくつもある。白井屋ホテルもその一つではあるが、どうも他のホテルから受け取る印象とは違う。それは、アートがホテル空間の装飾としてではなく、ホテルの成り立ちと分かちがたく存在しているからではないだろうか。

 前橋というまちを徹底的にリサーチし、ホテルの歴史を紐解き、そこから立ち上がってくるものを、アーティストの力を借りて表現する。そういう振る舞いは、まさしくアートプロジェクト的なプロセスだといえるだろう。前橋のさまざまな側面や未来を内包したものとしてアートがある。だからこそ、地元の人も、訪れるゲストたちもわくわくする。それは記憶をつなぎながらも、新しい何かが芽吹く瞬間に立ち会っているのだという、ある種の高揚感に包まれた感覚かもしれない。

 矢村さんは「このホテルはまだまだ変わっていく」と言う。それはまちの未来とともにホテルも変化していくという意味だろう。お隣といってもいい場所に、前橋市が運営する美術館「アーツ前橋」もある。そのコラボレーションからも何かが生まれてくるに違いない。

現代美術を企画展示するアーツ前橋。白井屋ホテルからは、“アートが冷めない”距離にある(写真:青木 桂子)
現代美術を企画展示するアーツ前橋。白井屋ホテルからは、“アートが冷めない”距離にある(写真:青木 桂子)
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 もう一つ、ホテルのクオリティーとして大事な要素に「人」の存在がある。白井屋ホテルで働くスタッフについて、矢村さんはこんなことを言っている。

 「5つ星ホテルの支配人になることが目標だとか、純粋にホテルマンとして一流になりたいという人には、うちのスタッフは向かないでしょう。業界の最高位をめざすというよりは、新しい価値をつくり出すことにわくわくできて、それをお客さまと共有できる。そんな人が集まっていると思います」

 おそらくここでは誰もが、このプロジェクトのプレーヤーなのだ。私たちは、このホテルを訪れることで、『白井屋ホテル』という作品の一部になる。だから私たちの利用の仕方、振る舞い、ファッション、交わす言葉などで、プロジェクトである作品も変容していく。田中さんはその変化をにんまりとどこからか鑑賞しているのではないか。そんなことを夢想した。

■施設概要
白井屋ホテル(SHIROIYA HOTEL)
所在地:群馬県前橋市本町2-2-15
電話:027-231-4618
宿泊:¥18,500〜 (1室2名利用、1名料金 税金&サービス料込み。2021年8月時点)

ホテルの志、建物・空間にリスペクトを寄せて参加した作家の例

〈国内外でご縁のあった方〉
ブライアン・アルフレッド、安東陽子、猪瀬直哉、ローレンス・ウィナー、レアンドロ・エルリッヒ、シルケ・オットー・ナップ、ライアン・ガンダー、キギ(植原亮輔・渡邉良重)、木下理子、リアム・ギリック、塩田千春、杉本博司、鈴木ヒラク、関口正浩、高谷史郎、武田鉄平、ミケーレ・デ・ルッキ、廣瀬智央、マリア・ファーラ、藤本壮介、宮島達男、村上華子、ジャスパー・モリソンなど

〈群馬出身または拠点として活動している方〉
牛島直子、小野田賢三、カナイサワコ、木暮伸也、鬼頭健吾、後藤朋美、白川昌生、竹村京、村田峰紀、八木隆行など

公式サイト:https://www.shiroiya.com/
お話を伺った人
矢村 功(やむら こう)さん

大阪府出身。大阪大学大学院で物理学を専攻。卒業後、外資系の広告代理店に就職。2010年に株式会社JIN(現ジンズホールディングス)に入社し、ブルーライトカットメガネの商品開発に携わる。2015年に退社して広告業界に戻ったが、数年たったある日、JIN創業者の田中仁さんから白井屋ホテルの支配人のオファーを突然受ける。工事中だった白井屋ホテルを訪れ、「なんだか面白そうな動き」を体感。2019年9月からプロジェクトに参加し、2020年12月から白井屋ホテル株式会社の代表取締役を務める。
矢村 功(やむら こう)さん
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