「日本の工芸を元気にする!」というビジョンが、プロジェクトの出発点

 なぜ、中川政七商店がスモールビジネス開拓に力を入れるのだろうか。しかも、奈良のまちの活性化も視野に入れているという。そのヒントは、同社が2007年から掲げる「日本の工芸を元気にする!」とのビジョンに隠されている。

 同社は自社工場を持たず、全国各地の800社を超える工芸メーカーと協力しながらものづくりを実現している。だが、1980年代のピーク時には約5500億円だった国内の工芸市場は、現在約900億円とおよそ6分の1に縮小。ライフスタイルの変化や安価な海外製品の流入などもさることながら、作り手自体がどんどん減っている。

手仕事による工芸品が並ぶ奈良本店の様子(写真:小口正貴)
手仕事による工芸品が並ぶ奈良本店の様子(写真:小口正貴)
[画像のクリックで拡大表示]

 40年前に約30万人いた工芸従事者は、今では6万人ほどに減少。ある統計によれば、その7割以上が60代以上とされ、若手は5%ほどにすぎないとの報告もある。さらに家族経営の事業者が多く、新規事業に乗り出したくても手立てがない難しさも重なる。

 「このままでは、うちのものづくりもできなくなる」。工場を持たないファブレスメーカーゆえ、工芸従事者が減ることは、自分たちのものづくりにも影響する。そして、工芸が無くなってしまうのは悲しい。そんな危機感に突き動かされた結果が、先に挙げたビジョンにつながった。

 一気通貫の工芸ビジネスで培った知見を糧に、2009年から中川氏は工芸分野に特化した経営再生コンサルティング事業を開始。長崎県波佐見町の波佐見焼メーカー、兵庫県豊岡市のかばんメーカー、山梨県身延町の和菓子店などでリブランディングを支援して売り上げを増大させるなど、これまでに60社以上の経営再生に貢献してきた。

コンサルティングで再生した長崎県波佐見町の陶芸メーカー、マルヒロが扱う波佐見焼(写真提供:中川政七商店)
コンサルティングで再生した長崎県波佐見町の陶芸メーカー、マルヒロが扱う波佐見焼(写真提供:中川政七商店)
[画像のクリックで拡大表示]

 一方、工芸品はいくつもの分業がリレー式にバトンを渡して完成するもの。焼きものひとつを作るのにも、粘土屋、絵の具屋、型屋、生地屋、窯元などさまざまな人々の手で支えられており、途中の工程が廃業してしまうと、そのものづくりは途絶えてしまう。波佐見焼を例に取ると、型を作る前工程の型屋は現段階では数社しか存在しない。そこで、存続させるために産地の一番星となるような1社にすべての工程を集約することで産地の衰退を防ごうと考えた。同社ではこれを「産業革命」と呼ぶ。

 とはいえ、工程の集約にはそれなりの投資が必要であり、苦しい状況の工芸メーカーにとってはなかなか決断できるものではない。そこで、その投資の付加価値的な意味合いとして、中川政七商店が発案したのは「産業観光」だ。観光客が実際の製造現場を見学し、同時に工芸品に対する愛着を感じてもらえれば一石二鳥となる。

中川政七商店も共同開催した、2017年の福井県鯖江市における産業観光イベント(写真提供:中川政七商店)
中川政七商店も共同開催した、2017年の福井県鯖江市における産業観光イベント(写真提供:中川政七商店)
[画像のクリックで拡大表示]

 ただし、工場・工房見学だけではわざわざそのまちに多くの人は訪れないだろう。産地に魅力的な飲食店やホテルなどのコンテンツを配置して、周囲を巻き込むかたちで盛り上げていく。例えばかつて波佐見町で支援した陶磁器メーカーのマルヒロは、2021年に直営店やカフェを備えた公園「HIROPPA」を町内にオープンさせ、地域活性化への一歩を踏み出した。これもひとつの産業観光と言える。

 「N.PARK PROJECTは、こうした包括的な取り組みを中川政七商店が手がけるプロジェクト。まずは創業の地である奈良を舞台にまちづくりに挑むことを目的とし、鹿猿狐ビルヂングのオープンに合わせ本格始動しました」。そう語るのは、N.PARK PROJECTのマネージャーを務める井上公平氏。中川政七商店の店舗開発に長年携わり、急成長の歴史とともに歩んできた人物である。

中川政七商店 ビジネスデザイン事業部 N.PARK PROJECT マネージャーの井上公平氏(写真:小口正貴)
中川政七商店 ビジネスデザイン事業部 N.PARK PROJECT マネージャーの井上公平氏(写真:小口正貴)
[画像のクリックで拡大表示]

 「これまで工芸メーカーに対して行ってきたブランディングや経営コンサルティングのノウハウを、奈良では業態に関係なく展開し、まちづくりに応用していきます。コワーキングスペースのJIRINを物理的な拠点として、積極的にプロジェクトを進めていく予定です」(井上氏)